夜半の月哉


「お月様、綺麗ねえ」

濃紺のベールにちりばめられた星々の光が、どこか遠慮がちに思えたのは、その夜の空のあるじが、黄金色の巨大な満月だったからだろう。

アリーナの声に、焚火を囲んでいた導かれし仲間たちは、みな首をもたげて頭上を見た。

「本当だ。とても美しい。まるで空に穿たれた、銀河へ繋がる旅の扉のようです」

「よくもまあ、咄嗟にそのような詩的な言葉が。

さすが形なきものを瞳に捉える聖職者殿は違う」

感心するというより、半ば呆れてライアンが嘆息すると、クリフトは顔を赤くした。

「すいません、つい。わたしにとって月とは、何故か無性に心惹かれる存在で」

「解りますわ」

ミネアが同意した。

「日毎に色と形を変える輝きに、ここではないもうひとつの世界の、無音の息遣いを感じます。

月は海の満ち引きを呼ぶと言われていますし、光はこの世に生まれ出づる命を、正しき在り処に導く役割を果たすと言います。

クリフトさんのように神と生きるお方の目には、その輝きも常人とは別の軌跡を描くのかもしれませんね」

「なーにを言ってんだか。あんたたち、いちいち回りくどい物の言い方がよく似てるのよ。

神様の声を聞く者同士、なんだったら場所を換えて、ふたりきりでゆっくり話し合ってみたらぁ?」

マーニャが冷やかすと、ミネアは真っ赤になって口をつぐんだが、クリフトは大真面目に頷いた。

「確かにそうですね。思えばこれほど魅了されていながら、月について誰かと語り合ったことなどない。

星読みの技術を持つ占星術師のミネアさんに、ぜひ一座、天文学についての忌憚ないご意見を伺ってみたいものです」

「わ、わたしに解ることなら、喜んで」

「………」

アリーナは静止したまま視線だけきょろきょろと動かして、楽しげに笑い合うクリフトとミネアを交互に見比べた。

黙って聞いていれば、どうも面白くない方向に話が向かっている。

(最初に月が綺麗ねって言い出したのは、わたしなのに)

すごく美しいと思うのは同じなのに、ふたりのように旅の扉だの無音の息遣いだの、銀遊詩人の紡ぐ歌のような、優雅で耳通りの良い表現がどうしてもとっさに出てこない。

(まん丸くて、黄色くて、大きなお月様)

アリーナは腕を組んで考え込んだ。

(とってもおいしそう……まるで、卵の黄身……)

「ああ、これじゃ駄目だわ!」

叫んで首を振ると、皆が一様にこちらに視線を注ぐ。

アリーナは慌ててごまかし笑いを浮かべた。

「な、なんでもないの!ほんとに綺麗な月ね。

こんな満月は、さぞかしたくさんのウサギがお餅をついてることでしょうね!」

(もう無理、わたしにはお手上げ)

ため息と同時に肩を落とすと、クリフトが立ち上がってそっとアリーナに寄り添った。

「姫様、よければ散歩に行きませんか?」

「え?」

「この光です。足元もずいぶん明るい。

せっかくですから、満月の恩恵を存分に楽しむと致しましょう」

唖然とする仲間たちの間をするりと擦り抜けて、クリフトはアリーナを促すと、

「では、行って参ります」

典雅な仕草で会釈して、ふたりでさっさと歩いて行ってしまった。
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