The Guerdian



「……不覚、だったわ。ごめんね、クリフト……」

「しっ、喋ってはなりません。骨が折れているのです」

あるじの呟きを素早く遮ると、クリフトは背中の鞘から細身の長剣を引き抜いた。

凄まじい攻撃力を有するとは到底思えぬほど小柄な彼女のを片手脇に抱え寄せ、全神経を前方の闇へ研ぎ澄ます。







「The Guardian」







漆黒にくるまれた、あやかしの魍魎の洞窟。

ふいに岩壁が崩れ落ちて仲間達と分断され、閉じた空間にふたりだけが取り残されたのは、

不用意に飛んで魔物の凶刃をまともに食らい、倒れたアリーナを庇おうと遮二無二身を投げ出したからだった。

「ごめんね、巻き添えにしちゃって……許して、クリフト」

「何を勿体ない。武術家として勇敢に先んじた貴女様に、一体なんの咎がありましょうか。

お詫びしなくてはならないのは、もはや癒しの呪文ひとつ唱える魔力すら残っておらぬ、不甲斐ないわたしです」

「えへへ……ここでふたり一緒に、死ぬのもいいかも」

「わたしは御免です。まだ貴女に伝えていない言葉が、山程ありますゆえ……失礼!姫様」

アリーナをぐいと引き寄せると、クリフトは右手に振り上げた剣で、襲い掛かって来た魔物を一太刀に切り伏せた。

「クリフトが剣を振るってる所、久し振りに見たな」

アリーナの声に涙が混じった。

「いつも守護魔法で、わたしたちの援護ばかりしているから。

本当はこんなに強いんだね。ずっと自分を押し殺して、みんなを助けてくれてたのね」

「勇者様にライアンさん、そして姫様がいらっしゃれば、もはや他にどんな剣の出番も必要ありません。

聖書を枕に生きて来た凡物が付け焼き刃に覚えたなまくらならば、尚更」

「……好き」

アリーナの声がか細く震えた。

「好きよ、クリフト」

「申し訳ありませんが、聞こえません」

クリフトは振り向かずに、左腕に力を込めた。

「魔物達の騒々しい咆哮が邪魔です。ここを出て明るい太陽の下で、改めてお聞かせ頂けますか」

「わたしには聞こえるわ。お前の言葉ならいつでも、どんな時でも聞こえる耳を持っているもの。

だから今、聞かせて。お前がわたしに一番伝えたい言葉を」

「……姫様、お護り致します」

握りしめた柄が空気を薙ぐと、生と死を司る刃が地表と虚空の境界線へ伸びる。

「生涯この命を賭して。

この命を失くしても。

わたしが必ず、貴女をお護り致します」

「耳朶がじんと痺れちゃうような、甘い言葉が聞きたいな」

「それは後ほど、両腕が自由になる時に存分に」

左手にあるじを抱え、右手で柄を反転させて突き込んだ裂帛の剣先が、岩を砕き壁を破る。


その途端、闇が裂けた。


溢れ出した眩しい光が、暁に開く大輪の花のように放射状に広がると、

寄せた身体からこぼれるふたつの呼吸が、時計の針が重なるようにひとつになる。


「……帰りましょう、姫様。

皆のところへ、共に」


クリフトは剣を下ろして鞘に収めると、首をねじって愛しい少女の額に静かに口づけた。






―FIN―


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