クリフトの言い分
とはいえどんなにやる気を出しても、熱い気持ちを熱いまま、形にして伝えるのはすごく難しい。
「きれいな星空ね、クリフト」
「はっ、はっ、はっ……はい」
(駄目だ、これじゃ……真夏の太陽どころか、暑さにやられた野良犬だ)
姫様付きの世話係であるカーラという女性に平身低頭で頼み込み、夜半ながらなんとか、いとしい彼女をこっそり城外に呼び出すことに成功した。
おりしも満点の星空。
銀色の光の粒はビーズのようで、今にもここまでこぼれ落ちてきそうなほどだ。
木陰に並んで座り、首をかたむけて夜空を仰ぐわたしより小さな影。
夜風に心地よさげに目を細め、長い髪を愛らしいしぐさで耳にかける彼女。
アリーナ姫。
大切な人。
神官としての才覚も、ひとりの人間としての度量も、何もかもまだまだ半人前のわたしだけれど、
彼女を想う心の強さだけは、たとえ世界中の男たちが束になってかかって来ても、絶対に負けないと胸を張って言える。
いつも不安で自信がなくて、足元がぐらつくような先の見えない毎日にもまれるなか、彼女を好きだというこの気持ちだけがたったひとつ、確かな力でわたしを支えてくれる。
だから伝えたい。
上手くは言えないけれど。
わたしが持っている全部を総動員させて、大切な彼女に大切な言葉を、ありのままの形で伝えたい。
「あっ、あのですね、姫様」
わたしは声をうわずらせながら言った。
「なあに」
「じ、じ、実は、今日は大切なお話がありまして……」
「うん」
アリーナ姫はほがらかに笑ってうなずいた。
「あらたまってなんだろ。あ、もしかして恋の告白だったりしてね」
「!!」
わたしは目をむいた。
「ま、ま、まさか、そんなわけあるわけないわけ、ないじゃないですか~!」
(だめだ!)
(これは茶化されて否定する流れにまんまと乗ってしまい、結局話を引き戻すことが出来ずにいたずらに時間だけを消耗してしまうパターンのやつだ!!)
だがいったん打ち消してしまった言葉を、もう一度表舞台に引っ張り上げる方法がわたしにはわからない。
(どうしたらいいんだ?)
わたしは心の中で叫んだ。
(みんななら、こんな時なんて言うんだ?
みんななら……大事な仲間たちなら!)
その時ぽんと浮かんだある面影に、この際全てをたくしてみる。
「そ、そのう……それがしが思うに、そうではなくてな」
「はあ?」
アリーナ姫は目を丸くした。
「なによ、ソレガシって急に」
(しまったぁーー!!人選ミスだ!!
いかにも硬派のライアンさんを真似てみるなんて作戦じゃ、ダメだ!)
ならば、次はこれだ!
わたしはエヘンエヘンと咳払いして、なにごともなかったように顔をあげた。
顎を上げて首をかたむけ、いかにも睥睨するといった冷たいまなざしを落としながら、この世のなにごとにも一切興味はないという様子で、気怠げに両腕を組む。
「だから違うって言ってるだろ。全く馬鹿だな、姫御前は」
「なんですって!」
アリーナ姫は飛び上がってわたしを睨んだ。
「いきなり馬鹿とはなによ、馬鹿とは!一体さっきからなんなの!?」
「わーーっ、違うんです!!」
わたしは半泣きで首を振った。
(勇者様でも駄目だ!っていうかむしろいちばん駄目!)
かの世界を救った天空の勇者の少年になりきれば、その機知でこの場をうまく切り抜けられるのではないかと思ったが、
考えてみれば彼は必要以上ほとんど喋らなかったし、女性に対してもその無関心な態度を変えることはなかった。
(そうだ、最後は自分だ)
不意にわたしは思い直した。
(どうして誰かを真似たり、助けを求めようとしたりするんだ?
最後は自分なんだ。
砂漠で崩れ折れた足を踏ん張って立ちあがるのも、荒波をかきわけて海を泳ぎ切るのも、全部自分の力なんだ!)