クリフトの言い分
「信仰者にとって恋愛とは、堕落なのでしょうか。
教えて下さい、高名なる神官クリフト様」
来た。
敬虔なる信仰者達が投げ掛けて来る数々の問いの中で最も苦手にして、凡庸なわたしの頭を悩ませるその悩み。
わたしはごくんと唾を飲み、頭をかき、それからはははと渇いた笑い声を立てて言った。
「いやあ、どうなんでしょうか。神様だって恋のひとつくらいなさるでしょう。
わたし自身は必ずしも、恋愛が堕落の証だとは思いません。
例えそれが神の聖なる教えに反しているとしても、あ、愛を貫くためならば……」
「喝ーーーっ!!」
言いかけたとたん、雷鳴のごとき叫び声と共に落ちて来た、後頭部への強烈な一撃。
目から星が飛んだ。
どさりと音を立ててその場に崩れ落ちたわたしを、魔法使い専用の先の尖った靴でげしっと蹴り飛ばし、唖然とする礼拝者の女性に向かって、杖を振り上げて乱暴に答える。
「この未熟な大馬鹿者に変わって、わしが答えてやろう。
恋愛を堕落かと問われたらな、わざわざ他人にそう尋ね、恋に悩む自分に酔いしれる心自体が堕落じゃ!
惚れたはれたで悩むひまがあれば、日々の暮らしでもっと精進を重ね、例え恋をしていても、そのせいで己れの努力がおろそかにならぬよう、確固たる矜持を持つがいい!
さすれば恋をすること自体は、なんの堕落でもない!
第一、男と女が恋に落ちねば、婚姻も出産も成立せぬではないか。
ただし信仰者である以上、人前でおおっぴらにべたべたと寄り添うのは止めよ。
もしもこっそり婚前交渉があったとしても、両親には必ず内緒にしておけ。
解ったらさっさと家に帰り、今日も下らぬ悩みに浸る平和な時間を与えてくれた神に感謝を捧げつつ、ありがたい聖書でもいちから読み返してみるんじゃな!」
「はっ、はいっ!」
哀れな女性は平伏した。
「ブライ様、慈しみ深きお言葉、感謝致します!」
「よい。早く帰れ」
ブライと呼ばれた、小柄で鋭い鷲鼻の目立つ老人は、最もらしく頷いた。
まるで大聖堂に君臨する司祭さながらに、仰々しく片手を振りかざし、陶然とする女性の顔の前で、悠々と空中に十字架を描く。
「恋する清らかな乙女に、神の恵みを、じゃ。
エイメーン」
「あーーっ!!」
とつぜん悲鳴が上がったのは、老人が床に向けてどんと突いた杖の先が、倒れているわたしの肩を直撃したからだった。
「……メン」
目を丸くしてこちらを見下ろす女性に、わたしはひくひくと震える笑顔を浮かべてみせた。
「か、神は恋する者の味方です……。
どうぞ、お幸せに」
頭の上から、呆れた老人の深い深いため息が聞こえる。
わたしは強張った笑いを張り付かせたまま,
力尽きてがくりと首を折り曲げ、床に顔を埋めた。