時空かくれんぼ
だが偉そうに大見得を切ったものの、アリーナ姫を見つけ出すのは思った以上に時間の掛かる作業だった。
なにせ身の内に、見えない鳳の自由の翼を持っている彼女だ。
その気になれば雲にだって隠れることが出来るかもしれない。
木の上、岩陰、灌木の茂み。
ありとあらゆる場所を探しても見つからず、衣服についた泥を払いながらため息をつくと、わたしはひらひらと頭の周りを巡る、一匹の紫色の蝶にふと気がついた。
「やあ、こんにちは。とても美しいね」
わたしは目を細め、人差し指を立てて空に差し出した。
蝶は思わせぶりに何周かあたりを飛んでみせると、やがて優雅な仕草で指先にそっととまった。
「君、わたしの姫様の居場所を知らないかな?
とても悲しい思いをして、たった独りで泣いているんだ。
きっとわたしを待っていると、思うんだ……」
すると蝶はわかったというように指先で羽根を数回羽ばたかせ、ぱっと空へ舞った。
七色の鱗粉が散る。
ひらひらと波のような軌跡を描きながら前方へ飛ぶと、まるでいざなうように時折空中にとどまり、こちらを待つ。
わたしは不思議な思いでその後を追った。
流麗な形の羽根はただの紫ではなく、陽光に透ける真珠のように見るたびに違う輝きを放っている。
(とても珍しい色をした蝶だけれど、どこかで見たことがあるような……。
書庫の図鑑に描き足された、新種の蝶だろうか?)
そして引き寄せられるように入り込んだ森の中。
ここはさっきもう探したんだと告げようとすると、蝶はまるでたしなめるように空中で触角を動かしてみせた。
わたしは苦笑して謝った。
「そうだね。たった一度見ただけじゃなにもわからない。
大切ななにかを探す時は、おなじところを何度も、そのたびに新しいまなざしで探さないと」
わたしの答えに満足したように、蝶は軽やかに羽根を翻した。
不意に流れ星のようにつうっと直線的に下降していき、目の前の巨木めがけて速度を増して行く。
(ぶつかる……!)
だが蝶はまるでそこにあることを知っていたかのように、盛り上がった根元に開いた空洞に滑り込むと、そのまま暗闇に溶けて、ふつりとその姿を消してしまった。
そしてわたしは蝶の代わりに、泣き疲れて子供のように眠るアリーナ姫を見つけたのだった。
(こんなところにいらしたなんて……)
鬱蒼と茂った木々が落とす影と夕暮れのせいで、巨木の幹に穴があったなんて全く気づかなかった。
わたしは自分の捜索の甘さを悔やむと共に、紫色の蝶に深く感謝した。
(どこに行ったんだろう?)
音を立てないように身体を低くかがめると、大きなウロの中にそっと入る。
膝に顔を押し付けて眠るアリーナ姫の姿。
南天の実のようにつやつやした頬には、涙の痕をたどるように真珠色の粒子がきらめいている。
(もしかして、姫様が呼びにいらしたのだろうか?)
わたしは思った。
いつまでたっても迎えに来ない鈍重なわたしに痺れを切らして、早く、早くと逸る心を、魔法の蝶の羽ばたきに変えて?
まるでおとぎ話のようなことを真剣に考えて、ひとり自嘲の笑みを浮かべたその時、
ぱちりと彼女が目を開けた。