時空かくれんぼ



わたしはずっと探していた。

探して、探して……やがて足は強張り、疲労が霧のように体に染み込んで、夕闇色に染まる視界を狭め始めたころ。


(見つけた……!)


きっともう何百年もこの森を守って来ただろうカシの巨木の、人をすっぽりと飲み込んでしまいそうなほど大きなウロの中。


彼女が眠っている。

膝を抱えて。


よじれた睫毛が張りついた頬には、いくすじもの涙がたどった白い跡。

見つめると胸が痛くて息切れした。

誰にもなにも言わずに城を飛び出して、小さな秘密の洞窟に隠れ、いったい彼女はどれほどの悲しみを、たったひとりで埋葬しようとしていたのだろう?


(亡き妃殿下の話を持ち出され、厳しく叱責されたらしいんじゃ)

彼女が生まれた時からの世話役である、魔法使いブライの苦々しい声が脳裏によみがえった。

「まだ召し抱えたばかりの、若く言葉を知らぬサントハイム史学の教師にな。

よそ見と居眠りばかりのアリーナ姫に、王女ともあろう者がこれほど集中力を欠くのはひとえに母がおらぬ故、幼い頃より淑女として品位ある振る舞いを学んでいないせいだ、と言い放ったらしい。

かっとなって飛びかかって行った姫に対し、とどめのひとことがこれじゃ。

なんと獣のごとき荒くれた姫よ。さぞかし亡き母親も娘と同じく粗暴な女性だったのだろう、とな」

「……それはまた」

怒りを通り越して呆れさえ覚えながら、わたしは言った。

「浅慮な物言い、むしろその教師の品位を疑いますね」

「言っておくがわしが選んだわけではないぞ。見る目のない文官たちが勝手に雇ったんじゃ。

だが安心せい、すでに重い懲罰は受けておる」

「と申しますと」

「斬首じゃ」

「な……」

わたしは絶句した。

「ブライ様、それはあまりに」

「というのは嘘じゃ」

老魔法使いが肩をすくめる。

わたしは唖然として口を開け、それからため息をついた。

「……ご趣味が悪い冗談です」

「なにを言うか。王家の人間を愚弄した罪、普通なら斬首されてもいっこうに文句は言えぬぞ。

法規厳しいかのガーデンブルグであれば、拷問のうえ火あぶりにされておるところだわ。

ただ奴めは当分、大手を振って表を歩くことは出来ぬだろうがな。

回し蹴りと正拳突き五発。ありゃ完治まで、かなりかかるぞ」

老ブライはくっくっと身体を揺らして愉快そうに笑い、ふと表情を引き締めた。

「じゃが、当の我らが拳聖の行方が知れぬ。暴れるだけ暴れて泣きながら飛び出して行きおった。

クリフト、おぬし迎えに行くか?」

「勿論です」

わたしは即座に頷いた。

いつそれを言い出そうかと、さっきからずっと待ちわびていたのだ。

「ブライ様、必ずお連れして戻りますので、もしよろしければここはわたしひとりにお任せ頂けませんか。

きっと姫様は……」



今も泣いている。



「頼まいでか。わしは癒しの魔法を知らぬゆえな。

唯一無二の神官クリフト、神の子供のお手並み拝見するとしようぞ」

老ブライは微笑んだ。

世界樹で造ったという、彼愛用の杖の先がこちらへ差し延べられたので、わたしは丸めた拳の裏をそっと押しあてて頭を下げた。


「御意」
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