七色の夜と黄金の朝
それからわたしたちは、月に照らされたステンドグラスの七色の光が差し込む祭壇の下で、静かに抱き合った。
心臓が破裂しそうなほど、極度の緊張に打ちのめされていたわたしには、彼女を抱き上げて寝室へと連れて行く優しさも、髪を撫でて、頬に口づけてやる心の余裕さえもありはしなかった。
堅く冷えきった夜の教会の床の上で、わたしの背中に腕を回した彼女は、せつなげに息を弾ませながら途切れ途切れにわたしの名を呼び、時折眩しそうに目を細めて、高い天井を見上げた。
「どうしたの?」
震えながら問い掛けるわたしの、汗で額に張り付いた前髪を指でそっとかきわける。
アリーナ姫は瞳を潤ませて微笑むと、もう片方の手で、月に照らされてきらきらと二人の上に降りて来る、虹のしずくのような七色の光をそっと指差した。
「ねえ、見えるクリフト?
神様はいるわ。
今、初めて解ったの。
十字架の前にでも、聖書の歌の句にでもなく、こんな近くに、わたしと貴方の中に、
ずっといたよ……」
窓から差し込む金色の木漏れ日が朝を知らせ、鳥達が誇らしげに声を高くして、競い合うように美しい歌をさえずる。
香り高い花のような、甘い匂いに鼻をくすぐられて、わたしは目を覚ました。
まだぼんやりとした頭で確かめる、柔らかな綿の寝具の感触と、初めて味わう、傍らにある自分以外の誰かの肌の温もり。
甘い香りの正体は、すぐ横でうつぶせて目を閉じ、規則正しい寝息をたてている彼女の髪だ。
月が見守る祭壇の上で、明け方まで何度も不器用に求め合い、恋人達だけが味わう事の出来る心地よい疲れと脱力感のなか、わたしの部屋のベッドで身体を寄せ合いながら、二人はあっという間に眠りに落ちたのだった。
(……どうしよう)
渇きにも似た、あの激しい嵐のような衝動は今は既に消えた。
だがその代わり、それ以上の胸を疼かせる強い喜びと、切ないもどかしさが身体を駆け巡る。
(昨日よりその前より、もっと姫様のことが好きだ)
(ひとつになることが出来たら、このいつも胸の底にある火のような激しい想いは、穏やかで暖かな、満ち足りた埋み火に変わるのだろうと思っていたけど)
(違う……わたしは今までよりもっと、姫様を自分だけのものにしたいと、決してわたし以外の誰にも触れさせたくないと、思ってしまっている)
(こんなに好きになって、一体、どうすればいいんだろう)
(こんなに、こんなに胸が焼け焦げそうなほど好きになってしまって、
わたしは……)
「クリフト」
声にどきりとして振り向くと、薄茶色の目をとろりと潤ませたアリーナ姫が、うつぶせたまま、幼い子供のようなまなざしでわたしを見つめていた。
「おはよう」
「は、はい……おはようございます」
途端に胸がぎゅっと締め付けられるような、強烈な面映ゆさに襲われ、わたしは顔を赤くして、意味もなく起き上がってはシーツの皺を伸ばしたり、枕をひっくり返したりし、
やがて自分が何も身につけていないことに気付くと、慌てふためいて床に落ちた衣服を拾い上げ、大急ぎで頭からかぶった。
「ぶ、無礼な出で立ちで、大変、し、失礼致しました」
「ううん」
アリーナ姫の唇の両端が、ゆっくりと持ち上がった。
「その……お身体の具合は、なんともありませんか」
「平気よ」
アリーナ姫は頷いた。
「ちょっと怠くて、身体が重いような気はするけれど。
お腹の奥が熱くて、今もまだ、クリフトがわたしの中にいるみたいな」
わたしは耳まで真っ赤になった。
「でも大丈夫よ。うまく言えないけど、なんだかとても素敵な気持ちなの。
世界の全部が虹色に光って見えるような、強張ってた心が、泡みたいにとろとろと溶けていくような、不思議な感覚。
これからはわたし、もっと肩の力を抜いて、全てを優しい瞳で見つめながら生きていけるような気がするの。
うまく言えないわ。だからつまり……ええと」
アリーナ姫は眉をひそめて小首を傾げた。
リスのようにわたしをじいっと覗き込むと、
「アリーナ様?……わっ」
次の瞬間、両腕を大きく伸ばして、小鹿が跳ねるように勢いよくわたしに抱き着いて来た。
「すごく、すごぉく幸せってこと!
まるで眩暈がしそうなくらい、わたしとっても幸せなの、クリフト。
だって大好きな人とやっと、結ばれることが出来たんだもの!
ずっと一緒よ、今までもこれからも、何があってもわたしはあなたを離さないから、あなたもわたしを、絶対に離さないで。
お願いよ、クリフト」
「……はい!」
わたしは上ずった声を震わせながら、アリーナ姫をきつく抱きしめた。
「絶対に、絶対にお傍から離れは致しません。
初めてお会いした時からずっと、わたしは、あ……貴方だけを」
喉がかっと痺れるような恥ずかしさに、言い出そうとして一瞬ためらう。
だがそれを上回る、身体が揺れるほどの強い想いに突き動かされて、わたしはずっと、これまで何度も伝えようとしては口に出来なかった言葉を、温かな体温をたたえた彼女と身体を寄せ合いながら、はっきりと告げた。
「愛しています。
アリーナ様、この世界中の誰よりも、
わたしは貴方だけを、命をかけて愛しています」