七色の夜と黄金の朝
---その日、幾粒かの透き通る涙と共に、彼女はわたしに背中を向けた。
東の天窓から差し込んでいた金色の日差しが、いつの間にか反対側に回り、とろりと熟した果実のような濃い夕焼けに変わる。
一日の終わりを告げる鐘が辺りに響く中、わたしは朝から全く同じ体勢のまま、ぼんやりと教会の机に肘を付いていた。
(嫌い、クリフトなんか大嫌いよ!)
耳の奥でいつまでもこだまして消えない、彼女の悲痛な叫び。
自分が今、どんなに腑抜けた顔をしているのか解っていながら、それでもわたしは椅子から立ち上がる事すら出来ずに、力無く肘をついた手に顎を載せ、ため息をついた。
(解らない)
どうして、こんなことになってしまったのか。
多分わたしは、あまた存在する男の中でも特別に鈍感で気が利かず、女性を苛立たせてしまう部類の人間なのだろう。
泣きながら走り去る彼女を、遮二無二追いかけて腕を取り、抗う小さな身体を無理矢理抱きしめてしまうことが出来たなら、事態は少しは変わっていただろうか。
ささくれ立った心の中に、誰かの声が嘲笑うかのようにこだまする。
(そんなこと、お前には無理だよクリフト)
(お前みたいな意気地無しの軟弱者が、アリーナ姫に対して強引に振る舞ったり出来るわけがない)
(だから、未だに……ようやくアリーナ姫も、お前の事が好きだと言ってくれたのに)
(恐る恐る腕を回しては、ぜんまい人形みたいにぎこちなく口づけるのが精一杯で、いつまでたっても彼女の身体に、指一本触れる事も出来やしない)
(お前みたいなつまらない男、このままじゃ、すぐに飽きられてしまうよ)
(本当は、アリーナ姫を抱きたいと思っているくせに。
めちゃくちゃに抱きしめて、全てを自分のものにしたいと思っているくせに)
(いい子のいい子の、とんでもない嘘つきのクリフト。
いつまでこんな道化を演じているつもりなんだい?)
「違う!」
幻影を振り払うように、机を叩いて鋭く叫び、その音の大きさに驚いてはっと我に返る。
「……あ」
嘲りに満ちた声が、脳裏から去るのとほとんど同じ早さで、教会のひんやりした空気が、覚醒を促すようにこめかみを鋭く刺した。
(どこまでも、どこまでも馬鹿なクリフト)
(馬鹿………馬鹿…………)
窓から覗く空は、いつのまにか夜のベールに覆われ、オレンジ色の太陽は、西の空にまろやかな最後の光を放ちながら、夕闇に溶けて消えかけている。
わたしは深いため息をもう一度ついて、ようやくのろのろと椅子から立ち上がった。
「……全くどうしようもないな、わたしは」
「なにが、どうしようもないの?」
明かりを点ける事すら忘れていた、薄灰色の教会の空気の中に、微かな怯えを含んだ声が、鈴の音のように響く。
驚いて振り向くと、寄せ木細工の扉が開き、そこに可哀相なほど瞼を腫らした鳶色の長い髪の少女が、両肩を縮め、今にも再び泣き出しそうな表情を浮かべて立っていた。