幾億の珠の緒
「わぁ……」
その時、涼やかな声が不意に驚嘆したように大きくなったので、アリーナは思わず身構えた。
「どうしたの、クリフト!なにか出たの?
大鼠、ムカデ?それとも埃まみれのキャタピラー?」
「違いますよ。これは……数珠ですね」
アリーナはきょとんとして繰り返した。
「数珠?」
「はい」
クリフトは高揚を抑えきれないように、頬を紅潮させて頷いた。
「数珠。丸い宝珠を連ねた古い魔法具で、一般には念珠とも呼ばれています。古代語でアクシャ・マーラー。
遥か昔、東方の神に仕えし修験者たちが、祈りを捧げる際に使ったという伝説の法具ですよ」
壁に吊るしたカンテラの黄色い光に照らされたクリフトの瞳が、蛍のように煌々と輝く。
掲げた掌に乗っているのは、青金色の珠の中心に穴を開け、糸を通して円形に連ねたネックレスのようなブレスレットのような、きらきらした輪だった。
「偉大なる聖祖サントハイムは世界生成の理を探求するため、この世の全ての神に謁見したと言われています。
おそらくこれはその時、はるか彼方の東国より我が国へと持ち帰った品なのでしょう」
「ふうん、綺麗ね」
アリーナは静謐に輝く珠の輪を、じっと覗き込んだ。
「まるで貝殻細工を紐で繋げたみたいに、全部真ん中に穴が開いてる。使われている石はラピスラズリかしら」
「所々に、七宝も組み合わされているようですね」
「あ、こっちにもあるわよ」
恋人の熱心さについ惹き込まれてしまい、アリーナは積み重なった木箱の中から、さらに別の数珠を取り出した。
「これはまた違う形をしているわね。ふたつの輪っかが交差して八の字に繋がってる。
大きな珠の間に、小さな珠が交互に挟まれていて、それに尻尾みたいな房がふたつ付いているわ」
「三万浄土だ!文献にもめったに載っていない、とても珍しい数珠です」
クリフトの声が跳ね上がった。
「サンマンジョウド?」
「はい。古代東方密教で、男性信者のみが専門に使用したとされている数珠のことです。
片方の輪には27個の珠を連ね、もう片方の輪に付いているのは、大きな主珠が20と小さな副珠が21。
そして尻尾のように垂れたふたつの房には、片方に弟子珠が6球。もう片方には10球。
東方式の祈りとは、ひとつの聖句に対して珠をひとつずつ組んで繰りますから、合わせて27×20×21×6×10。
これひとつで32400遍の聖句が唱えられるため、三万浄土という名前を持っているのです」