幾億の珠の緒



秘密倉庫はある。

歴史長きサントハイム城の地下深く、螺旋階段と柱廊を数え切れないほどくぐり、硬く分厚い鉄の蝶つがいが二重に連なった扉の、そのまた奥に。

もう千年も続く古い王国の開闢(かいびゃく)の祖であり、水晶の泉から忽然と現れてこの地に降臨したという聖サントハイムがあらゆる手を尽くして収集したと言われる、あまたの古代文明の遺物が納められた楕円形天井の空間だ。

地下でありながらこのような形の天井を造したのは、鼠や害虫の発生を避けるためで、貴重な物品が傷まないように一切の光を遮断したそこは、まるで塹壕に掘られた広大な洞穴のようだった。

だが、薄暗い倉庫内でくしゃみひとつ、必死で鼻をこする王女アリーナを刺激したのは、決して棚の上に並べられた謎の古代遺物の素晴らしさではなかった。

長い年月をかけて雪のように積もった、大量の塵と埃。

「では、スクルトをかけておきましょうか。姫様の貴いお鼻をお守りするのに少しは役立つかもしれません」

灰色の綿雲みたいに大きな塊をたくさん吸い込み過ぎたから、しまいには埃に身体を乗っ取られてしまうかもしれないわ。

その返答がこれだ。

しかも、答えるにも完全に上の空、こっちをちらと振り向きもしなければ、いつもは決して逸らさない視線すら合わせてくれようともしない。

(なによ。姫様以外はいっさい心にありませんなんてしょっちゅう言うくせに、大好きなお勉強と神様の住む場所は、しっかり別に取ってあるんだから!)

アリーナは深いため息をついた。

聖サントハイムの直系子孫たる王女が同行することを条件に、特別に倉庫に入室してもよいと許可を受けた時の、クリフトの嬉しくて嬉しくてたまらないといった顔。

あの表情を見た瞬間は、これから百回だって一緒に行ってあげると思ったものだったが、実際について来てみると、暗い、狭い、面白くないの三拍子、しかもこの埃っぽさは本当に閉口だ。

夢中で古代の遺品を手にしては、子供のように感嘆の声を上げている恋人とは違い、自分はじめじめ暗い場所にいるのも好きでなければ、考古学について学ぶのも超がつくくらい苦手。

(あーあ、こんなところからはさっさと出て、お日さまの下で思いっきり体を動かしたいわ。

走って、飛んで跳ねて、大好きな武術の鍛錬をしたい)

でもそう言ったらきっと、さっき以上に棒読みの上滑りの声で、

「どうぞ、姫様はご遠慮なくお先にお戻り下さい。わたしはもう少しここに」と返って来るのは目に見えている。

(大昔の古臭いガラクタなんか見て、いったい何が楽しいのかしら)

大切なのは昔なんかじゃない、今。

わたしたちが生きる今この時でしょ、クリフト?

けれど駄々っ子みたいに腕を引っ張って頬をふくらませると、彼は困ったように微笑んで言う。

今をより深く理解するために、過去の真実を知る必要があるのですよ、姫様。
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