SWEET PAIN
男に生まれた以上、かっこよく決めたいという気持ちはそれなりにある。
でも、かっこつけるのがどんなにかっこ悪いことなのかも知っているつもりだ。
極度の緊張に強張った腕は、自律神経を蓄えたようにまったく言うことを聞かない。
クリフトは無理に動こうとするのを諦め、震える唇をアリーナのまぶたにそっと押しあてた。
三日月形のアーチからこぼれる、きめ細かな睫毛の束。
このまま鼻先にキスして、思い切って唇にも触れてみたいけれど、それはあまりに図々しいだろうか。
迷って逡巡していると、アリーナが目を閉じたままくすくす笑い始めた。
「ど、どうなさったのですか」
「なんだかおかしくなっちゃって。だってわたしたち、これが結婚して初めての夜なのよ。
なのにこんなふうに床の上で折り重なって、なにやってるんだろ。
おまけにお前は食べ過ぎた猫みたいに、ごろんと寝ころんだまま」
「……アリーナ様が乗っていらっしゃるから、起き上がれないんじゃないですか」
「わたし、初めて見たわ、お前の裸。とっても綺麗ね」
クリフトは真っ赤になって咳き込んだ。
「ご、ご、御冗談を……」
「あら、本当よ。なんていうのかしら、体つきにまったく無駄がないわ。
鞭とかヒノキの幹とか竹の葉とか、そんな感じ。狼とか、鷹にも似てるわね。
思いきりつねったり噛みついたり、猫みたいに顔をこすりつけたりしたい。
見てるとそんな気持ちになるの。わたし、おかしいのかな」
「……」
何と答えていいのか解らず、クリフトは黙り込んだ。
「ねえ、わたしも綺麗?」
ふいにアリーナが上体を起こして胸を反らせたので、クリフトは仰天し、声にならない叫びを上げた。
「ちょっと、なによ。そのニワトリが絞め殺されるような呻き声は」
「けっ、しっ、わっ、も……」
「綺麗じゃないの?カーラはいつも湯浴みの時、とても綺麗なお体ですって言ってくれるわよ。
やっぱりマーニャみたいに出るところが出てたり引っ込んだり、女性らしいふくよかさが足りないのかしら。
ねえクリフト、どのへんにもう少し色気がつくといいのかしらね?」
(た、頼むからもう止めてくれ……!)
クリフトは目をぎゅっとつぶって、「大丈夫です!色気は十分足りています!あり余ってるくらいです!」と叫んだ。
そして喉を絞るため息をつくと、止せばいいのに抗いがたい欲求にかられて、つい薄目を開き一糸まとわぬアリーナを真正面から見てしまった。
「▽□☆×○〒………!!!」
「きゃーっ!クリフト、大丈夫?!
お前、瞳孔が、瞳孔が開いてるわ!」
「だっ、大丈夫です……わああっ!そ、その格好で顔のそばに来ないでください!」
「そんなこと言ったって今お前、完全に死相が出てたわよ」
「こ、こんな幸せ死ならいっそありです……いっ、いえ!」
アリーナが身体の上から離れたので、クリフトは肩で息をしながらよろよろと起き上がった。
何度も咳払いして呼吸を鎮め、心配げなアリーナに弱々しく微笑みかける。
「……も、もう大丈夫です。大変申し訳ありません」
「そう?ならいいけど。
耳まで紫色にして、お前、まるで混乱しきったボストロールみたいな顔してたわ」
「アリーナ様こそ驚いた時のお顔、まるですくみ上がったビッグアイのようでした」
ふたりは無言で上目遣いに見つめ合い、やがて小さく笑みを交わし合った。
「一体なにやってるんだろうね、わたしたち。
……裸で」