限界
「クリフト、待って……」
息を弾ませて、か細い声で、彼女が哀願する。
宙に向けて伸ばされる白い手。
まるでそれは溺れる者が助けを求めるように、今まさに尽きようとする命を必死に繋ぐように、
決して届かない虚空に向けて、懸命に手を伸ばすように。
細い腕は蔦のように何度も背中に巻きついて来たが、それがわたしを押しとどめるのに何の効果もないことに気づくと、
やがて乱れたシーツを掴み、言葉は形を失ってばらばらに舞い、最後は自らの毒を飲んで死にゆく哀れな一匹の蛇のように、
もがき、蠢き、叫び、張りつめ、
そして力尽きて果てる。
わたしはこうして毎夜、この世のなによりもいとおしい彼女を、この手で殺している。
とても幸福で残酷で、最も皮肉なその瞬間。
神はわたしの中にはいない。
緊張と弛緩を繰り返す彼女の体を観察し、時折刺すように訪れる背中の痛みに耐え、
それでもこの歪んだ歓びが神への背徳だというのなら、何度だってわたしは言える。
「カミサマナンテ
イ ラ ナ イ」
そして嵐が去り、凪いだ海にたゆたう漂流者のように、ふたり言葉もなく夜の波間に浮かぶひととき。
彼女がぐったりとわたしに身を持たせかけ、弱々しく問いかける。
「さっき、なにか言ったの?クリフト」
「なにも」
「嘘、言ったわ。いらないって。なんのことなの?」
「貴女以外はなにもいらない。
だからわたしから貴女を奪わないでくれと、神に祈っていたんですよ」
信仰家の恋人の言葉に彼女は納得し、目を閉じて安らいだ眠りにおちる。
こうしてわたしはまたひとつ嘘をつく。
手に入れた希有な獲物をこの手であやめるために、もうとっくに失っている神にも、
何も知らずに無防備なその喉をさらして、愛情と引きかえに命を削られていく彼女にも。
誰にも明かせない偽りの祈りを抱えて、今日もわたしは無垢な彼女を手にかける。
誰も知らない。
それがわたしの、
限界。
-FIN-