遺志



其の三十・秘法





(進化の秘法は、この世界全土に蔓延する)

(間もなくブランカは、恐るべき軍事大国へと変貌を遂げるだろう)

(進化の秘法?)

勇者の少年はとっさにエルフの青年の喉首を掴んで問い詰めようとしたが、自制心を振り絞ってそれを押しとどめた。

(進化の秘法が人間の手に渡り、ブランカに持ち込まれているだと?)

かつて地獄の帝王エスタークが生み出し、この世界においてはミネアとマーニャの姉妹の父親である錬金術師エドガンが再び発見した、生命の究極進化をもたらす古代秘術。

魔族の王デスピサロの野望も、それが引き起こした忘れがたい惨劇も、この忌まわしき秘術の存在こそが全ての起因であると言ってもいい。

だが力の起源装置である黄金の腕輪は既に失われ、デスピサロ亡き今、名を聞くだに厭わしいその秘術は、既に根幹から葬り去られたと信じていたのに。

「お前、さっきもなんだかんだと言ってたな。進化の秘法をシンシアに使うつもりだったって、どう言う事だ」

少年は努めて穏やかな声で尋ねた。

「アドリアン。お前は今、進化の秘法を発動するすべを手にしているのか」

「盗んだのだ。ブランカに持ち込まれた折、モシャスを使って城へ忍び込み、この手でその秘術を行使する薬品の一部をな。

だがそれとてもはや、今のわたしには何の意味も持たぬが。

わたしはヴェルンド様のお命をお救いするため、長い時間をかけ、あらゆる手を尽くしてこの大陸でその糸口を模索した。

そして、愚かな人間どもがバルザック、デスピサロの滅亡によって得た訓戒を忘れ、再び同じ轍を踏もうとしている所に目をつけたのだ」

アドリアンは形よい顎をもたげ、誇らしげにすら聞こえる口調で言った。

「知っているか?進化の秘法は、用いた者が抱える負の心に最も大きく作用する。その増幅装置としての役目を果たすのが、黄金の腕輪だ。

デスピサロ亡きあと、大国エンドールの極秘研究所で、進化の秘法の研究は秘密裡に、だが着実に進められていた。

秘術は負の心を必要とする。なれば逆に、薬物投与によって被験者の感情を操作すれば、その効力をも操作出来るのではないか、と科学者たちは考えたのだ。

だが実は進化の秘法には、黄金の腕輪の存在をも凌駕するある決定的な弱点があった。

愚かな人間は、秘術を戦や殺戮に役立てることばかり考え、未だにちっともそのことに気付いておらぬがな」

少年は低い声で尋ねた。

「……それは、なんだ」

「聞きたいか、小僧」

アドリアンは嘲笑を浮かべて、高らかに答えた。

「それは、エルフの涙さ」
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