遺志
其の二十七・祈願
(じゃあお前は一体、どうしたいんだ?)
全身の傷を魔法で綺麗に癒され、元の秀麗さを取り戻したエルフの男は、半ば呆気に取られて傍らの勇者の少年を見つめた。
(どうしたい、だと……?)
崇高な命を下された番人は、血の一滴にまで契約の刻印を穿っていて、そこに自分がどうしたいかなどという意志は存在しない。
だからエルフはいつも、戦うことも抗うこともせず、ただ運命に沿って粛々と殺され続けて来たのだ。
この星が誕生した頃、遠い銀河から星船に乗ってやって来たと伝承される、大地の妖精族。
長く尖った耳と大理石の肌、不老不死の血と宝珠の涙、そして光り輝く容貌を持つ。
それは神が彼らに与えた硝子細工のような脆さの代償であり、美しさと共に得た命の緒は長すぎる上に細く、
触れなば落ちんの薔薇の花弁のごときか弱さも、星の番人たる妖精の神秘を引き立てる小道具へと、上手にすげ替えられただけだった。
だがこの少年は、違う。
飛び抜けた美貌は人間離れしていて、雪色の肌も透けるエメラルドの瞳も、どちらかと言えばエルフのそれに近いが、
かと言って怯懦な魂は微塵も持たず、常人ならざる戦闘力を有するうえに、力を備えた自信が裂帛の気となって全身を覆っている。
恐らくそれは、生まれつきのものではない。
異種混血はある意味突然変異だ。遺伝子結合は不安定で、血球の少ない体は病魔への十分な抵抗力を持たない。
恐らく幼少時は一般の子供より体温も低く、しょっちゅう病気をしたことだろう。
髪や瞳が淡い光沢を帯びていること、また厳しい鍛練を受けたにも関わらず一向に筋肉が発達せず、絵物語の主人公のような美しい体躯を保ち続けていることもそのせいだ。
だが、この少年はそれを全て乗り越えて勇者となった。
幼い彼自身が知っていたわけではない。自分を襲う未来を。
自分がこの世界を救う、運命の存在になることを。
彼はただ、守りたかっただけなのだ。
この手で全てを守ってやれるほどに、強くなりたかっただけなのだ。
愛する者を。