遺志
其の二十四・転跌
やがて、光は途絶えた。
洞窟の外は既に樹木も夢に潜る深夜を迎え、傍らに寄り添う広大な砂漠から吹き付ける風が、内部とは正反対の渇いた大気を運ぶ。
雨雲の去った濃紺の空に輝く、こぼれ落ちそうなほどの星々の群れ。
星は美しさを誇って自らの体を燃やし、その温度を上げるあまり、いつしか周囲を漂う塵やガスをも焼いて、あたり一面を飲み込むほど膨らんでいく。
……シンシア。
知っている?星の奇跡を守る役目を負った、かわいいわたしの娘。
星は熱くなりすぎて風船のように膨らむと、今度はつめたく冷え、最後は力を全て失って真っ白に燃え尽きて、死んでしまうの。
この星を照らす太陽もいつか、そうなるのよ。
あと五十億年もすれば、太陽はもっと明るさを増しながらふくらみ、ふくらみ……。
やがてはこの星の水も空気も蒸発させ、からからに干上がらせてから、最後はこの星そのものを飲み込んでしまう。
そして眠る前に燭台のろうそくを吹き消すように、自分の体にまとわせた火を静かに消して、死ぬの。
輝きを失くした太陽はゆっくりと冷えながら、果てない宇宙の闇の中へ姿を消して行くことでしょう。
全ては必ずいつか、形を失くすもの。
永遠に意味はない。
でも、あなたはちゃんと知っている。
いつか消えゆくものだけが持つ、限りない喜び。
消えるからこそ消えない光がある。
長い時間を与えられたあなたは毎日、愛する者の命の輝きを数えることが出来る。
シンシア、あなたはちゃんと、星の奇跡の番人になれたのよ。
「……う……」
エルフの男は、全身を襲うすさまじい痛みに、震えながら目を開けた。
裂けて今にもちぎれそうな耳の奥で、痛みに悲鳴をあげる心臓が激しく鳴り打っている。
……生きている。まだ。
「待て」
その時、どんという衝撃に背中を突かれ、男は苦痛に顔を歪めるとばっと血を吐いた。
それを何の感情もない目で見降ろしているのは、まごうことなき本物の勇者の少年だった。
既に魔法で癒したのか、傷ひとつない姿で剣を構えたまま、片足でエルフの男の背をぎりぎりと踏みつけている。
「いいか、勘違いするな」
少年は怒りに燃えた瞳で男を睨み据えた。
「お前の命はもう俺の手の中にある。まだ生かしてやってるのは、お前に聞きたいことがあるからだ。
さっさと言え。シンシアになにをした!」
「……く……」
苦痛にぶるぶると痙攣する頬を、砂塵混じりのざらついた風が擦る。
先刻まで洞窟の中にいたはずなのに、いつのまにかこうして外界の大地の上に倒れている。
(ギガソードを放つと同時に、リレミトを使ったのか……)
雷撃が炸裂する直前に脱出呪文を唱え、力の放出を外界に移動させることで、ぎりぎりで洞窟の崩壊を免れる。
しかもいつやったのか、洞窟内部一帯に強力なトヘロスの結界が敷かれている。
恐らくエルフの娘のかすかな気配に向け、湯者の少年が全魔力を集中させて放ったのだ。
これではもはや、あの娘に蟻の子一匹近づくことは出来ないだろう。
(これが……世界を救う勇者の力、か。
だが日頃抑えている分だけ、いったん昂ると感情のコントロールが利かない。逆上すれば暴発する、危険な爆薬にもなり得るというわけだな)
エルフの男が答えないでいると、少年は苛立ちにかっとなった。
天空の剣を振り上げると、男の頭めがけてひと思いに突き下ろそうとしたが、なんとか思いとどまって止める。
剣を素早く逆向きに持ち直し、背中を踏みつけたまま男の髪を掴んで乱暴に引きずり起こした。
「早く言え!これ以上は待てない。本当に殺すぞ。
今すぐシンシアを……あいつを俺に返せ!」
「殺せ」
エルフの男は血だらけの口を狂おしげに歪ませた。
「このような役にも立たぬ命、もはや何の価値もない。さっさと殺すがいい!」
「何言ってんだ」
勇者の少年は訝しげに眉をひそめた。
「お前、エルフが滅びるのが嫌だからあいつをさらったんだろ。自分から死んでどうする」
「解っているのだ。邪悪なる進化の秘法を用いることを、ヴェルンド様が是とお許しになどなるはずがない!
もはや我らには一陣の未来もないのだ!」
男の目から滂沱と涙があふれ出すのを、少年は呆然と眺めた。