遺志
其の二十三・膺懲
(お前がずっと、いつ死んでもいいと思ってたからさ。
生きることになんの意味も見いだせず、戦いに臨むたびに、いっそ俺も死んでしまえたら……、
ひそかにそう願い、己れの身を守ることをおろそかにし続けて来たからさ)
「……へへ」
白煙のように立ち込めた静寂をくぐって、低い笑い声が響く。
それは、みぞおちを押さえてうずくまる勇者の少年の唇からこぼれたものだった。
「よくわかってるじゃねえか。さすが、俺本人だ。
あんまりずばりと言い当てられて、返す言葉もないや」
痛みに細められた瞼の間から、緑色の瞳がぎらりと鋭い光を放つ。
それは飢えて獰猛な怒りを抑えきれなくなった肉食獣のような、抑制を失くした眼光だった。
少年は掌で腹を押さえたまま、片膝をついてゆっくりと起き上がった。
不敵に歪ませた唇の端から、赤い血がぽたぽたとしたたり落ちた。
「俺が不覚を取ったのも、シンシアをこんな目に遭わせたのも、全て自分自身の責任だ。
生きるのなんか意味がないと思ってたのも本当だ。
だけどこうして今俺が戦えることや、剣を握れること。
俺が今ここに存在するのには、全部ちゃんと意味がある。
いつまでたっても、防御がどうにも下手糞なことにもな。
それがどうしてなのかは、お前が本物の俺ならわかるはずだが」
少年は天空の剣をゆっくりと振り上げた。
「偽物は、どんなに真似たって偽物なんだよ」
もう一人の少年がはっとした。
「き……貴様、何をする気だ?」
「俺は、守りになんか入らない」
天井を差した剣先から青黄色の稲光が放射状に吹き出し、ばち、ばちと音を立てて弾ける。
激しい放電が、洞窟一体を目も閃光で包み込んだ。
少年が放つのは、旅の終盤にようやく覚えた、魔法と剣術の混合技だった。
自分にしか使えない技。
渾身の雷電力を剣に込めて、斬撃と共に一気に放出する、勇者の奥義ギガソード。
「俺は馬鹿だから、いったん頭にこびりついちまった考えを簡単に変えたりは出来ない。
今だって、本当はいつ死んでもいいと思ってる。ただそれは、この世でたったひとり、あいつのためだけだ。
全てを捨てて俺を守ってくれた、あいつのためなら俺は何度でも死ぬ」
「や……やめ……」
「お前、さっき言ったよな。最強の盾は最強の剣をどう防ぐ?と。
その答えを今、教えてやる。
お前には俺の攻撃を防ぐことは出来ない。
つまり最強の剣であっても、最強の盾なんかじゃないのさ。
覚えておけ。俺はちっとも完璧じゃない。
それでも守りたいもののためなら、下らないこの身を投げだす覚悟くらいあるぜ」
「やめろ!やめろ……!」
勇者の少年の姿をしたエルフが、真っ青になって後ずさった。
「貴様、何を考えている?!
ここでそのような強大な技を繰り出せば、洞窟そのものが崩れる!お前の愛する娘も死ぬぞ!」
「バーカ、そんなことさせるかよ。お前、やっぱり偽物だな」
勇者の少年はにっと笑うや否や、もうひとりの少年に飛び掛かった。
自分と同じ形の姿を羽交い絞めにすると、剣を持たない方の手を高々と掲げる。
「いいか、死ぬ気になれば強くなれる。
だけど、死にたくない、死なせたくないと思う気持ちを持つほうがもっと強くなれる。
俺はもう、目の前で起こる悲劇を、ただ手をこまねいて見ているだけの弱い俺じゃない」
「貴様……やめ……!」
「黙れ」
怒りをとうに超越し、返って静まった声音が告げた。
「お前は一番やっちゃいけないことをした。俺からあいつを引き離した。
罪びとは必ず罰を受けるんだ。あいつの恐怖を思い知れ」
魔法の聖句が唇から落ちる。
その瞬間、目も眩むほどの光が辺りを包み、二人の姿が消えた。