遺志
其の十九・臨命
「……おじいさんはずいぶん、難しい物の言い方をするのね」
目の前の老エルフが、一体何を言っているのか。
難解な言葉の羅列に目を白黒させながら、シンシアは意味を理解しようと必死に考えを巡らせたが、やがて諦めてため息をついた。
「生き残るとか生まれるとか、わたしには全然解らないよ。
でも、おじいさんはわたしとあの子が一緒に暮らすことを、悪いことじゃないって思ってくれるのね。
それにもし悪いことだって言われても、わたしはあの子から離れたりしない。
世界中のみんなに反対されても、わたしはあの子の傍にいる。
だってわたしはたったひとつの目的のために、もう一度この世界に還って来たんだもの」
「なんじゃね、それは」
「あの子の最期を見届ける事よ」
シンシアは昂然と頭をもたげて告げた。
少しの迷いもない、揺るぎない口調だった。
「あの子の傍にいて、あの子が幸せな想いを抱えたままで、星の海へ旅立つことが出来るように見送る事よ」
「愛する者の死を看取るために、傍にいると言うのか」
ヴェルンドは驚いたように眉を上げた。
「確かに人間の血を受けた者と我らエルフでは、路傍の花と大樹ほども寿命は違おうが、そなたにとってずいぶん寂しい選択ではないかな、それは」
「ううん、寂しくないの。あの子が幸せなら、わたしは少しも寂しくない」
シンシアは微笑んだ。
「無理矢理残されることと、自分の意思で見送ることはまったく違うの。
二年前、突然村が襲われたあの時、わたしはあの子を助けることがすべてだと思っていた。
あの子さえ無事で生きていられれば、それが一番いい方法だと思っていたの。
でも、それは違った。
わたしは置き去りにされるということがどんなに悲しいことなのか、解っていなかった。
たったひとり残されたあの子の心の痛みを、少しも理解出来ていなかった。
だから今度はわたしが、あの子を送り出してあげたい。
いつか必ず訪れる魂と身体の別離の時に、あの子の傍にいてあげたい。
笑って額に口づけて、行ってらっしゃい、これまでよく頑張ったね。
わたしもすぐに行くから待っててねって、抱きしめてあげたいの。
大好きな絵本を読み終えて、笑いながら頁を閉じるように、ああ、素晴らしい一生だったってあの子に思わせてあげたいの」