遺志
其の十七・宣誓
「これは済まぬな。確かにそうだ」
シンシアに腹立たしげに咎められると、かつての精霊王ヴェルンドは、神妙な顔つきで謝罪した。
「世界を救ってなお、禁忌などと呼ばれようものなら、己れの半生を犠牲にしたあの勇者の少年があまりに哀れじゃ」
「禁忌でも、哀れでもないわ。あの子はちゃんと幸せなの。わたしが必ずそうしてみせる」
シンシアは顔を強張らせて、唇を噛んだ。
「だから誰も、あの子に勝手な呼び名をつけないで」
「そなたはずいぶんと、あの少年に思い入れがあるようだな。姉弟のように共に育ったからか。
高々十年やそこら傍にいた、それだけのことでそうも他人を愛せるものなのか」
老エルフは肩をすくめて、見えぬ目をシンシアに向けた。
「千年を生きるエルフと生まれながら、なぜ瞬きのあいだに命を終える人間を愛する。しかもあの少年はただの人間ではない。半分天空びとの血も受けておる。
そなたがあの少年を愛することは、異種族の禁忌に更に罪を重ねることになるやもしれぬぞ。承知の上か」
「そんなの……わからないわ」
シンシアは戸惑ったように首を振った。
「わたしには、難しいことはわからない。
誰かを好きになるのに、駄目な場合とそうじゃない場合があって、好きだと思うのも許されないことがあるなんて、理解出来ない。
でも、わたしはあの子が好きなの。あの子がいないと生きていけないの。
それは生き物が、空気がないと生きていけないみたいに、わたしにとって絶対に必要な気持ちなの。
天空の乙女を愛した山奥の樵の若者は、罰として雷に打たれて死んだって聞いたわ。だったらわたしも、何回だって雷に打たれてみせる。
でもたったひとつ許されるものなら、それはあの子の体が土に還って、魂が星の海に旅立った後にして欲しいの。
わたしはもう決して、あの子を置き去りにしてはいけないの。
体がばらばらにちぎれたって、二度とあの子をひとりにしちゃいけないの」
シンシアの深紅の瞳が、老いて光を失った瞳を矢のように射た。
「だからわたしはもう絶対に、あの子より先には死なないわ」