遺志



其の十三・報復





「確かに、非力な我々は擬態呪文を使って力ある者に化ける以外、戦う術を持たぬ。

またその呪文を使うことが出来る者も、もはやごくわずかしか存在しておらぬ」

まるで勇者の少年の言葉が恥辱であったかのように、エルフの青年は美しく整った顔を苦渋に歪めた。

「ルビーの涙と不老不死の血潮を持つため、今日現在までじつに多くのエルフが、欲にかられた人間どもに無抵抗に屠られて来た。

おかげでその数減じること凄まじく、今や我ら一族は世界中で数十人に満たぬほどしか生きておらぬ。

だが思い出すがいい!人間に阿る亜種の小僧よ。

いにしえよりこの星に恵みをもたらし、大地の番人として森羅万象を守護して来たのは一体誰だ?

人間どもは忘れているのだ。我ら精霊がいねば決して植物に花は咲かず、木々に果実は実らないということを。

奴らは無能の分際で、自分たちこそが世界の支配者だと勘違いし、白蟻のようにこの星をむさぼり食い続けている。

このまま我らが滅すれば、この星とて滅すること必定であるのに、それに気づかず万物の霊長然と驕り高ぶっているのだ。

そんな愚かな人間どもに日々我らは捕えられ、手足を切り落とされ、目玉をくりぬかれて殺された。

精霊の力を取りこめば神にもなれようと、哀れ生きたまま鍋で煮られ、食われたエルフまでいる!

このままでは我らは滅びる。それは即ち、神の恵みを失ったこの星が滅びることを意味する。

我らは大地の守護者としてどうあっても子孫を残し、この星を守らねばならない。

卑しき人間に決して命を奪われることのない、強大な力を持った子孫を」

勇者の少年は獰猛に目を細めた。

「……それが、シンシアと何の関係がある」

「この東の大陸に、もはや女のエルフは存在しない。魔族の王の寵姫であったロザリーの死を最後に、女の血は絶えた。

我らはこの地を捨て、海を越えて新たな大陸で一族の女を探さねば、もはや子を成すことすらままならぬのだ。

だがある日、偶然にも見つけた。まだこの地に生きているエルフの娘を。

ブランカ周辺は砂漠向こうの国々との交易材料にするため、かつて最も苛烈なエルフ狩りが行われた場所だ。

子供がたったひとり、一体どうやって生き延びたのか解らぬが、とにかくその娘は人間の毒牙にかかることなく健やかに育っていた。

信じられぬことに、天空びとと人間の混血の勇者と共にな。

なれば我々はこの大陸を司るエルフの末裔として、共に子孫をなさねばならない。そのためあの娘に来てもらった。

ひどく抗うゆえ多少手荒に扱ったが、怪我は負っておらぬ。安心するがいい」

「ふざけるな!」

少年の頬が怒りで紅く染まった。

「守護者だかなんだか知らないが、何の関係もないシンシアを巻き込むな!

あいつにちょっとでもおかしな真似をしてみろ。この世に生まれたことを百万回後悔させてやる」

「傲岸不遜な物言いの次は、脅しか。半人半妖はまったく下衆だ」

エルフの男は嘲笑った。

「貴様ごとき半妖に、高貴なる我が一族の娘と睦ぶ権利などない。諦めて大人しく去れ。

我れは十分な時間を稼いだ。今頃ヴェルンド様は、既にあの娘を妻としているだろう」

「なに……!」

「ヴェルンド様はこの大陸の精霊王だ。妻を迎え子孫を成し、我らは繁栄を取り戻す。

かの進化の秘法の強大なる力を得て、この星に再びエルフの楽園を築くのだ」

「進化の秘法だと?」

少年は眉間に険しい皺を寄せた。

「あんなもの、デスピサロと共にとっくに消滅したはずだ」

「甘いな。地表の枝葉を断てば、土に埋もれた根が死ぬとでも思ったか?この世にひとたび生み出された悪しき科学は、そうたやすくは滅びぬ。

あれは一度や二度使えば消える魔法ではない。錬金術の名を騙った遺伝子工学技術だ。

人間とはかくも愚かな生き物でな、自らを滅ぼす兵器や術を作り出すのがどうにも好きでならぬらしい。

知っているか。大国エンドールの地下施設では、今日も熱心に人を殺すための研究が進められている。

恐ろしい大量破壊兵器、細菌を使った猛毒ガス。そして、進化の秘法の復活。

国を守るため、民を守るための抑止力という名目で、人間は嬉々として世界を滅ぼす武器を身の内に抱え込む。

殺される前に殺せ。やられたらやり返せ、というわけだ。奴ららしいじつに安直な考え方であろう。

そしてその力を持たぬ我らは、こうして仲間を失い滅亡の危機に瀕している。

戦うしかないのだ。生きるためにはエルフとて、邪魔者を排除する力を手に入れるしかないのだ!」

「下らねえ」

勇者の少年は静かに天空の剣を振り上げた。

「お前の言ってることはめちゃくちゃだ。人間を馬鹿だ愚かだと罵りながら、なにも知らないシンシアをさらって理不尽に苦しめようとしている。それのどこが高貴な一族だ。

大体、高貴だのなんだのほざいてる時点で、お前はお前の嫌ってる奴らと同じなんだよ。

こいつは高貴でこいつはそうじゃないなんて、一体誰が決められるっていうんだ?

俺の仲間の元神官は、いつも言っていた。神の前では誰もみな等しき存在です、ってな」

言った瞬間、勇者の少年の姿が視界からふっと消えた。

エルフの男は驚いて後ろに飛びすさろうとし、硬直した。

背後に組みついた少年の手に握られた剣が、ぴたりと喉に突きつけられている。

「お喋りはそろそろ終わりだ。お前が何を企もうと俺には関係ない。

さっさとシンシアを返せ。さもないと、ここでお前を殺す」
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