遺志



其の四・戦闘





天空の兜を嵌めていない無防備な頭めがけて、狼たちの牙が襲い掛かる。

鰐のように剣呑な口にくわえ込まれ、噛み裂かれたらひとたまりもないだろう。

だが額ならともかく、頭部そのものを鍛えるのはいかに歴戦の戦士とて難しい。

かつて共に戦ったライアンは、頭よりもそれを支える首を鍛えるのが大事なのだと言っては、

巨大な鉄球の着いた鎖を首から下げて屈伸するという、仰天するような鍛練を行っていたが、自分は違う。

生まれ付きのすらりとした身体は異種混血のせいか、筋骨隆々とは到底行かず、どんなに鍛えても職業戦士のように屈強な体躯にはならない。

さりとてかの武術家のアリーナ姫のように、疾風迅雷の素早さで敵を撹乱し、会心の一撃を連発する並はずれた俊敏さもない。

だが自分は、勇者だ。

頑健な体や敏捷さがなくとも、幼少より徹底した剣士としての英才教育を受けた自分には、他には決してない独自の戦いが出来るはずだ。

(俺は俺のやり方で、誰にも負けない)

勇者の少年は膝をくの字に折り、その場に深く屈んだ。

剣の柄を握った動作は、数において圧倒的に勝る敵を誘導するための偽りの仕種だった。

見せつけるように鞘からわずかに刀身を引き出すと、抜きざま横に凪ぎ払われるのを厭うた狼たちが、一斉に頭上に飛ぶ。

瞬間、少年は間髪入れずに左手を振り上げ呪文を叫んだ。

ギガデイン、勇者のみが唱える最強の雷撃魔法。

凄まじい稲光が空気を縦に切り裂くと、獣たちが絶叫し、炭のように黒焦げになった体が次々と地に落ちる。

だが仲間の犠牲にも躊躇せず、狼の群れは今度は正面から突進して来た。

少年は屈み込んだ反動で高々と跳躍し、腰のカンテラを外すと地面めがけて投げつけた。

硝子が砕け、草原にあっという間に火の手が上がる。狼たちが悲鳴を上げて後ずさった。

炎を挟んで反対側に身軽に着地すると、ようやく剣を抜いて体の前で構え、勇者の少年は唇の片方でにやりと笑った。

「まだやるのか?俺は急いでるって言っただろ。ここからはもっと手荒いぞ。

それでもいい奴は来やがれ。相手になってやる、犬野郎」
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