透明人間の秘密(連載休止中のため未完)
「な、な、なな……」
クリフトは猛然と腹を立てて言い返した。
「なぜわたしが、よりによってこの状況で貴方に責められなければならないのです?
大体、自己憐憫をまき散らしてるのはどっちだというのですか?貴方のほうこそいつまでもうじうじくよくよして、誰に話しかけられても無視ばかり、何を聞かれても反抗的な態度ばかり!
自分の感情を第一にしか考えられない貴方の勝手気ままな振る舞いに、わたしたち仲間がこれまでどれほど苦労させられたことか……!」
「だから、やめただろ」
「……え?」
クリフトは目を丸くした。
勇者の少年はまるでクリフトが見えているかのように、何もない傍らの空間に向かって得意そうに鼻を鳴らしてみせた。
「よーく考えてみるんだな。最近の俺は、もうそんな態度を取っちゃいないだろ。
この旅の間、お前やライアンに散々やかましく責めたてられて、俺は悟った。確かに自分にはそういうところがあるな、と気づいた。
だから、もうやめた。俺は学んだんだ。自分自身を振り返るということをな」
「……は……」
クリフトは形を持たない目で何度もまばたきした。
「そ、そう言われてみれば、確かに」
「それに比べてお前は」
勇者の少年は咎めるように、透明なクリフトがいるあたりを凝視した。
「さっきのセリフをそのまま返してやる。いつまでもうじうじくよくよして、自己憐憫をまき散らしてるのは誰なんだ?
自分の感情を第一にしか考えられない勝手気ままな振る舞いで、仲間を苦労させているのは誰なんだ?
そのくせ、お前は心の奥底で、わたしは今の状況を耐え忍んでいると思っている。悪いが仲間内の誰ひとり、お前に率先して敵を倒せなんて言っちゃいない。
ましてや、ザキを使えなんてひとことだって頼んでやしないぜ」
言い返すことさえ出来ず、クリフトは絶句した。
「クリフト」
「……はい」
「お前はこれまで生きて来て、自分はいったい何者なのかと考えたことがあるか」
クリフトは言葉を失った。
「それは……」
「ないだろうな。べつにそれが悪いわけじゃない。当たり前のことだ」
勇者の少年は淡々と言った。
「自分はどんな人間になりたいのか。どんな人を素晴らしいと思うのか。
人はこうなりたいという偶像については思考を巡らせるけれど、じゃあそもそも、自分はどういう存在なのかなんて改めて考えたりしない。
どうしてかと言うと、自分という存在の出どころがはなっから明確だからだ。生まれも育ちもはっきりしていて、たとえところどころ難はあったとしても、れっきとした人間から生まれた人間だ。
鳥がどうして空を飛べるのかなんていちいち考えないように、自分は自分だということに何の疑問も持たない。
けれど俺は、違う。村を出て以来、自分が何者なのかを死ぬほど考えた。俺という存在について一から考え直す機会を、なかば強制的に与えられた。
すべてを失った、あの日のあの時から」
勇者の少年は静かに言った。
「俺は誰なのか。どうやって生まれたのか。
なぜ今ここにいて、なぜ、勇者なんてものにならなければならなかったのか。
毎日毎日、死ぬほど考えた。考えずにはいられなかった。頭の中で声はいつだって鳴り響いた。そのうち、考えるのが怖くなった。特に夜はだめだ。ろくなことが頭に浮かんで来ない。
俺という得体の知れないバケモノは、ここにいるだけで災いを呼ぶんじゃないのか。これからも、そばにいる人をみんな不幸にしてしまうんじゃないのか。
いつかまた俺のせいで、今度は仲間たち全員を失ってしまう日が来るんじゃないか。俺みたいな不吉な存在はもう一生誰とも交わらず、ひとりきりで生きて行ったほうがいいんじゃないか、ってな」
「そんな……」
「俺はお前がうらやましい。クリフト」
勇者の少年は形のないクリフトをまっすぐに見つめた。
「人間の父と母から生まれ、たとえ両親を失ったとしても、善意ある者たちに守られて育ち、しかるべき教育を受け、強くなった。
自分自身で望んで学び、望んで旅に出かけ、望んで外の世界で戦っている。たとえお前の好んだやり方じゃなかったとしても、お前はその力を確かに自分で望んで手に入れた。
そしてその力で、好きな女を守っている。同じ目的に向かって共に歩んでいる。お前という人間は、なにからなにまで俺の逆だ。俺の持てなかったものをすべて持ってる。
なのに、この上何が不満なんだ。なにをそんなに苦しんでいるんだ。
だったら一体、どうすればお前は納得するんだ。そもそも、自分がなにを望んでいるのかわかってるのか?
クリフト、お前は本当はもう、ほしいものを全部持っている。
今あるものに気づけずにないものねだりばかりするのは、両手にお菓子を握ってるのにもっと、もっとと欲しがる小さな子供と同じなんじゃないのか」