凸凹魔法陣


自分の信仰心の深さ、そしてそれがもたらす信念の(または、思い込みの)強さには、幼いながら割と自信がある。

だがクリフトは、目の前でいにしえの呪文が長き眠りから覚め、久方ぶりの魔力を得てこの場に誇らしげに姿を現したかのように、

魔方陣の中心に置かれた松明から突然轟音と共に、天を衝くほどの巨大な炎が噴き上げたのを見て、唖然として口を開け、その場にへなへなと崩れ落ちた。

「……な……」

驚愕に渇ききった唇から怯えた雛鳥のような、悲鳴にも似た言葉が漏れる。



「な……、なんで……?」






(いいかクリフト、お前も神に仕える身として、これから先、幾度も世界各地の寺院へ巡礼の旅に出向く事があろう。

よく覚えておけ。硫黄と石灰を混ぜ合わせて発火させると、水にも風にも決して消える事のない、闇夜を破る強靭な炎が出来上がる。

暗がりで困った時は、必ずこの方法で松明に火を点すことだ。

そうすればちょっとした冒険が出来るくらいの時間は、明るく豊かな光に恵まれる事が出来るだろう。

ま、怖がりのお前が暗闇の中で冒険するなんてこと、まずありはしないだろうけれどもな)

(はい、神父様!ぼくは冒険なんて嫌いです。

祭壇で、静かに神に祈りを捧げているほうがずっといい。

出来れば危ない思いなんてすることなく、平穏で安らかに生きていきたいと思っているんです。

ただもしそれが、自分以外の大切な誰かを守るためだとしたら、


話は別だけど……)





めちゃくちゃな呪文を唱える隙に、懐に忍ばせた火打ち石を擦る。

たっぷりと硫黄と石灰を塗った松明を、魔法陣の中心で青白く燃やして、「出来ました!」と、何も知らぬアリーナ姫を煙に巻くつもりだった。

だが眼前で燃え上がる巨大な火柱は、松明一本などから出るような代物では到底ない。

驚いたアリーナ姫が猛然と走って来るまで、クリフトはへたりこんだまま、岩の天井をもうもうと焦がす炎の渦巻を、茫然自失して見つめる事しか出来なかった。

「すごいわ……!」

アリーナは、凄まじい勢いで立ち昇る炎を目の当たりにして、頬を真っ赤に紅潮させていた。

「なんてすごいの……これが、いにしえの勇者が竜王退治の旅で使ったという、伝説のレミルーラの呪文の力なのね!

まるで炎自体に精霊の命が吹き込まれて、わたしたちをめくるめく冒険の世界へと誘ってくれているみたい。

ああ、すごく綺麗……」

熱を吐く火の塊に、魅入られたようにふらふらと手を伸ばそうとする少女に気付いて、クリフトははっと我に返った。

「危ない!」

叫んでアリーナの肩を力強く引き寄せ、両手で小さな身体を抱えあげると、後ろへと転がるように飛びすさって怒鳴る。

「何をなさってるんですか!炎に、むやみに近付いちゃ駄目だ!

いつ火の粉が飛んで来るのか解らないし、熱風で大火傷を負うことだってある。

それに大きな炎からは、人の意識を失わせる、悪い気が出る事があるんですよ。こんな閉ざされた場所では、特に危険です。

さあ、急いで奥へ進み、お化け鼠なんていないことを確かめてから、城へ戻りましょう。

周囲はかなり明るくなったけど、岩苔や洞窟シダを踏むと滑って転びます。

わたしの傍から離れてはいけません。いいですね、アリーナ様!」

「……は、はい」

アリーナはぽかんとして、丸い瞳でクリフトを見上げ、それからにわかに気が抜けてしまったように、弱々しい声で頷いた。

「解ったわ」

「では進みましょう。どんな大きな炎も、いずれは必ず消えてしまいます。急がないと」

クリフトはアリーナを助け起こすと、小さな手をしっかりと掴み、足元に注意しながらそっと壁づたいに歩き始めた。

不思議なくらい、先程までの不安も恐怖も消えていた。

(どうしてあんな炎が現れたのか、解らない……全然解らないけど)

(たったひとつ、これだけは解る事がある)


引き寄せた肩の幼いか細さ、腕に抱えた身体の、思いがけぬほどの軽さ。


(わたしが、姫様をお守りしなくては!

今わたしは、姫様の初めての冒険の旅の、たったひとりの従者なんだ!)
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