透明人間の秘密(連載休止中のため未完)
ものの数分経った頃だろうか。あたりの空気がもとの静けさを取り戻すと、クリフトの瞳からも不吉な紅い色が消えた。
整った優しい面差しに、いつもの日向水のような穏やかさが広がる。
萌黄色の法衣が汚れるのもかまわず、さきほどまで魔物の身体があった場所に膝まづき、目を閉じて静かに祈りを捧げ始めた。
祈りはたいてい長く、仲間たちはその間、決して彼に近づこうとはしなかった。皆に向けた彼の背中には、頼むから誰もそばに来ないでくれという拒絶が強く滲んでいた。
それはとても悲しい拒絶だったから、あるじであるアリーナ姫ですらうかつに近づくことは出来ず、死の魔法を使ったクリフトと仲間たちのあいだには、毎回目には見えない濃くて冷たい分離の境界線が刻まれた。
自分で命を奪っておいて、自分で祈れば世話はない
彼がこう感じているのは一目瞭然だった。
そして、そう思われていることを知っているのも。
祈りは己れの心を食い荒らす罪悪感をなだめるための気休めに過ぎず、無の闇に追いやられた哀れな魔物には、どんな美辞麗句を尽くした祈りの言葉も、もう決して届くことはない。
「……どうか、安らかな眠りを」
口ずさむ鎮魂の聖句はやがて途絶え、幾度繰り返したかわからぬ歯ぎしりと共に、クリフトは膝の上に置いた握りこぶしをぎりぎりと固めた。
なにが、安らかな眠りを、だ。
ザキで滅んだ魂が安んじて眠れるわけがない。
ああ、神よ。どうか教えてください。あなたはなぜわたしに死の魔法ではなく、勇者様のごとき邪悪を一刀に伏す正義の剣をお与えにならなかったのですか。
あるいはアリーナ様のように、よこしまな魂を浄化して天上へ還す烈火の拳を。
あるいはミネアさん、マーニャさんやブライ様のように、荒ぶる炎や風、氷で穢れを根源から絶やす気魄の攻撃魔法を。
皆は持っている。闇を光に変えることの出来る力。
それなのに、わたしに与えられたのは……
(ただの、死神の呪いだ)
だが血を吐く思いで問うたとて、神からはなんの答えも返って来ない。
クリフトは顔を上げ、服の裾にまとわりついた土埃を丁寧に払って立ちあがった。
仲間たちがなんとなく気まずそうに目をそらす様子も、もう見慣れた光景だ。つまりは、気を遣わせているのだ。
死の魔法を使っては悔やみ、悔やむとわかっているのにまた使う、自分の煮えきらない中途半端な態度のせいで。
「さあ、宿屋へ向かいましょうか。日が暮れます。今日の行軍はここまでにしましょう」
クリフトはほほえむと、手にしていた長い聖杖を背中の鞘に戻した。かしゃん、と乾いた音がした。
魔物が溶けて消えてしまった地面を見つめ、小さく唇を噛むと、なにかを振り切るように無理矢理視線をもぎ放した。