雪花
「魔物の飢えた血肉に、ことのほか深い滋養を与えてくれる料理とは、エルフを煮込んだ料理。
身の柔らかく甘い、若い娘のエルフを捕えて、体を引き裂いて食うのです。
不老不死の力を持つという精霊エルフの血を啜り、皮をはぎ、爪の先まで余さず食べてしまうのですよ。
神に愛された精霊の力は我が血肉となって生き、全て残さず食べ尽くしても、恐怖に泣き叫ぶ悲鳴は我が体内で、典雅な笛の音のように鳴り続ける。
ああ、こうして思い出せば出すほど、再び餓えるほどもあの味が忘れられぬ。
もしも天空の勇者の暮らす山奥の村に攻め込む際には、是非とも、先程のエルフの娘をこのわたしめに喰らわせて頂きたいものです」
エビルプリーストは、ピサロの耳元で優しく囁いた。
「ですが、それがこのままご無理だとおっしゃるならば、わたしは自ずと余所からエルフを捕えて来るしかありませぬなあ。
北の大陸の季節は、既に冬。
雪の降りしきる冷えた塔で大切に守られて暮らすエルフの女は、さぞ肉も淡麗に引き締まり、血の一滴まで甘く美味なことでしょう」
「貴様」
ピサロは肘掛椅子を蹴って立ち上がり、腰の剣に手をやった。
「何が言いたい」
「おお、突然どうなされたのですか、王?」
「何を企んでいる。この薄汚いコウモリめ。
今すぐこの場で、貴様のけがらわしい首を叩き落としてやる」
「ほう。出来ますかな?貴方様にそれが」
床に座り込み、怯えた振りをしていたエビルプリーストの唇が、不意に半月型に持ちあがった。
「貴方様は聡明でありながら、どうも、肝心のところをよくお判りになっていらっしゃらないようだ。
いかに強大な力を持とうとも、血筋卑しき市井の出身に過ぎぬ貴方おひとりの威光で、一族すべてを統括出来ていると勘違いなさっては困りますぞ。
魔族の重鎮たるこのわたしを失って、若く人望のない貴方だけで、果たして魔族全軍の統率が可能だとでも思っているのですか。
それでなくとも魔物でありながら、御自分だけは天使のように見目麗しい外見を持つ、貴方様を妬んでいる者は星の数ほどいる。
良いですか、デスピサロ様。
うつくしいものとは憎まれるもの。
それがうつくしく生まれたものの宿命なのです。
もしも貴方様がこれ以上愛だの情だのという下らぬ憐憫に血迷い、腹心のわたしに手をかけようものならば、この身と合わせて四天王と謳われるヘルバトラー、アンドレアル、ギガデーモンの三将が決して黙ってはおらぬでしょう。
それに、わたしは貴方へなんの無礼も働いていない。ただ、己れの食事の嗜好をお聞かせしただけではありませぬか。
まさかこの程度の痴話に、貴き王であられるデスピサロ様がこのように感情を乱され、こともあろうに参謀たるわたしをコウモリ呼ばわりなさるとは心外です。
貴方様は小事にとらわれぬ、懐の深き崇高な支配者ではないのですか?
偉大なる我らが王、デスピサロよ」
ピサロはかっとなって何か叫び出そうとしたが、こめかみを震わせて口をつぐみ、黙った。
激しい感情の高ぶりに必死で耐えるように、肩で息をしながら立ち尽くす。
やがて握りしめた剣の柄からつと手が離れ、だらりと力無く腰の横に垂れた。
「それで、よろしい。
貴方様は、わたしの言うことさえ聞いていればよいのです」
エビルプリーストは小声で呟き、抑えきれぬ哄笑を顔じゅうに浮かべた。
「では、天空の勇者を殺す策を只今すぐに決行するということで、宜しいですかな。
魔族全軍を、ブランカ北の山奥の村へ。
村人全員の息の根を止め、集落は残さず焼き払う。天空の勇者めの首を一番に取った者には、城五つ分ほども重い褒賞を。
さ、出陣をご命じなされませ。王」
「……好きにするがいい」
噛みしめた唇から絞り出した言葉は、ピサロ自身の胸を刃のように深くえぐった。
「このうえ、何を命じろと言う。形骸のごとき命令に何の意味がある」
「ありますとも。少なくとも、貴方様が王であるうちは。
我が最も敬愛するあるじ、デスピサロ様」
では参りましょうとほほえんで、エビルプリーストは扉を開け、煙のように素早く姿を消した。
ピサロは凍りついたように動かなかったが、やがて腰の横に垂れた拳が握りしめられ、ぶるぶると震えた。
血が滲むほどに固めた指がほどけると、漆黒のマントを払い、孤独な王は開いたままの扉に身を滑り込ませて部屋を出て行った。