雪花
「……これは、お疲れのところ気が回らず、大変失礼を致しました。
ですが喉から手が出るほど求めていた情報を、ついに掴んだのです。一刻も早く王のお耳にお入れせねばと、こうして矢も盾もたまらず飛んで参った次第で」
エビルプリーストは引きつった顔を収めると、ピサロの機嫌を取るように、べったりとした猫なで声で言った。
「これをお聞きになれば、王もご疲労を忘れてお喜びになって下さることと思いますゆえ……、
はよう、お知らしたくてたまらなかったのです。臣の逸る心、お汲み下さいませ」
「前置きはいい」
ピサロは肘掛椅子の左右の手すりに両手を乗せ、背中をもたれて足を組む姿勢を崩さずに言った。
「言いたいことがあるなら、さっさと言え」
「天空の勇者めの居所を、ついに突き止めましてございます」
エビルプリーストは満面に笑みを広げ、一歩前に進み出てピサロの耳元に顔を寄せた。
「北の大陸中心部、ブランカ王国をさらに北上した山奥深くに、人里離れたごく小さな集落を見つけました。
発見のきっかけは、人間の匂い。
存在を隠すため、これまで外部との接触を完全に断っていたのでしょうが、長い平和に気の緩んだ馬鹿者が、誰ぞ迷い人でも迎え入れてしまったのでしょう。
よそ者が迷い込むことによって、集落を囲む守護結界に穴があき、出来たての香ばしい料理から漂う湯気のように、勇者めの放つ気が一気にあふれ出ました。
天空びとの血と、人間の血が半々に入り混じった、世界にふたつとないじつに珍しい気。
当の人間どもは恐らく、迷い人をひとりくらい受け入れたところで、これまで通り何の変化もないと思っているでしょうが、あれほどの強烈な気が発せられて、我れら魔族が気付かぬはずがありません。
高潔で、おぞけが走るほどうつくしい、空に輝く太陽の光のような気です。
あまりに眩しく、神々しく、こうして思い出すだけで……、吐き気が」
エビルプリーストは、気持ち悪そうに手のひらで口元を押さえた。
「あれこそ地獄の帝王を滅ぼす力を持つという、選ばれし勇者に間違いない。
神の意志を体現すべく生まれた光の存在ほど、魔族にとって忌むべきものはありませぬ」
「……それで、どうしたのだ」
内心の興味を押し隠し、ピサロは表情を変えずに尋ねた。
「既に襲撃し、殺したのか」
「いえ。王へのご報告がまず先決かと思い、まだ一切手は出しておりませぬ。
ですが号令あらば、いつなんときなりとも」
「見せろ」
ピサロはエビルプリーストの臙脂色の聖帽を戴いた頭に向かって、右手をかざした。
「貴様の想念を読み取る。
山奥の集落で発見したという天空の勇者を、只今すぐ脳裏に反芻せよ」
「わ、わたしにまた、あの勇者めのことを思い出せというのですか」
「貴様がこの件の責任者として動いたのだろう」
「あのように光り輝く存在を、また思い浮かべねばならぬなど……。
気色が悪くて、まるで巨大な櫂で脳味噌をどろどろとかき回されるような心地です」
「早くしろ。同じことを二度言わせるな」
ピサロが鋭く言い放つと、エビルプリーストは吐息をつき、「わかりました」と観念して宙を睨んだ。
くぼんだふたつの眼が、表層意識から離れて白く剥かれる。
同時に、ピサロが掲げた手のひらに、吸いつくように赤黒い靄がまとわっていく。
靄はそのまま空中をぐるぐると回って、やがて人の頭大の球体を作り、その中心にぼんやりとした映像を描き始めた。
エビルプリーストが見た、世界を救うという天空の勇者が住む山奥の集落の光景が、ピサロの目の前に広がった。