雪花


久方ぶりの逢瀬を迎える恋人たちには到底足りない、永遠とも一瞬ともつかないひとときの後。

寝台の上で子猫のように身を丸め、ロザリーはすうすうと眠っていた。

足りないものを埋めるように幾度も重ね合わせ、やがて力を失って小さく開かれた唇。

薔薇色の頬を伝う、白い涙のあと。

寝台に横たわる手足は折れそうに細い。

もしかすると、うつくしいがやがて消えてしまう雪花とは、見るからに儚げなこの娘自身のことではないのか、という思いがピサロの胸に去来し、その不吉さに急いで考えを打ち消した。

つい先程、夢うつつにふたり交わした言葉。


(ロザリー、わたしは、いつかわたしではなくなってしまうような気がする)


(怖い、ピサロ様)


(お願いです、どうかわたしを離さないで……)


会いたい時に、そばにいてやることすら満足に出来ないのに、どうしてわざわざ不安がらせるようなことを口にしてしまうのだろう。

「そんなことはありません」と否定して欲しくて、敢えて負の言葉を発するのなら、それは紛れもない、ただの甘えだ。

これほどまでにか弱く、魔物のひと握りでたやすく命を落としてしまうエルフの娘に、自分は甘えている。

ピサロは起き上がり、身じろぎもせずに眠り続けているロザリーに背を向けた。

彼女のもとを去る時は、こうしていつも、眠っているうちに姿を消す。

面と向かってしばしの別れを告げ、ルビーの涙をぽろぽろとこぼして悲しむ彼女の姿を見ると、他では味わったことのない鋭さで胸がずきりと傷むからだ。

(偉大なる魔族の王が、聞いて呆れるな)

自嘲げにふっとほほえみ、音も立てずに身支度を整える。

どこからともなく現れたピサロナイトが、うやうやしく足元に膝まづいた。

「ピサロ様、これからいずこへ」

「アッテムト鉱山に眠る、エスタークの封印は間もなく解ける。

それより、手だてを急げとせっつかれているのは」

「世界を救うという、天空の勇者の始末ですね」

「エビルプリーストが予言がどうのこうのと騒ぎ立てていたが、わたしにはまだ得心がいかぬ。

天空びとと人間の、半人半妖の子供にいったい何が出来るというのだ」

「生まれながらに選ばれし者の特別なさだめを、恐らくその者も持つのでしょう。

貴方様と同じく。ピサロ様」

「わたしと同じ?」

ピサロは紫色の瞳を、怪訝そうにピサロナイトに向けた。

「天空の勇者が、このわたしと同じさだめを持つというのか」

「はい」

ピサロナイトは頷いた。

「幾千億の命がうごめくこの星にあって、他の誰も代われぬ役目を、たったひとりで負わなければならぬという意味において」

「わたしはたったひとりではない。魔族の王として、多くの臣を抱えている」

「山と森に囲まれしロザリーヒルの蒼き塔が、冬のあいだ世界に置き去りにされて立ちすくむように、多くに囲まれるからこそ、なおひとりだと知らされることもあるかと。

それを世間では、孤独と申します」

ピサロは低く笑った。

「お前は詩人だな」

「勿体ないお言葉」

「留守中、ロザリーを頼む」

「御意」

「お前、わたしが憎くはないのか」

ピサロサイトの顔を覆う兜の面頬が、かすかに動いた。

「……どういう意味でしょうか」

「いや、いい」

ピサロは緑金色の甲冑から視線を離した。

「これ以上エビルプリーストに手柄を立てさせ、大きな顔をさせるわけにはいかぬ。

天空の勇者とやらの捜索、ならばわたしも本腰を入れてみるとしよう」

「まだ子供と聞きました。やはり、殺すのですか」

「我ら魔族は、地獄の帝王を復活させようとしているのだ。

それを滅ぼす者が先々現れるのだとすれば、邪魔な芽は早いうちに摘んでおくに越したことはあるまい」

「ロザリー様は、どちらかを救うためにどちらかを殺すなど、決してあってはならないことだとおっしゃいました」

「ならばその勇者を生かして捕え、鎖でつないで生殺しの蛇のように終生牢獄にでも閉じ込めておくか。

それとも手足と口を削ぎ落とし、剣も魔法も使えぬ木偶人形にして打ち捨てるか」

ピサロの紫色の瞳に、愛するロザリーには決して見せぬ、ぎらりと残酷な光が走った。
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