雪花
……もう、とうに
とうに花が枯れ、葉が落ち、ひとりぼっちになった木々の枝先に、雪がかぶさると花が咲く
こごえるほど寒い、誰もいないロザリーヒルの冬に神様がたったひとつだけプレゼントしてくれた、白く冷たいまぼろしの花
ピサロ様
雪花を、知っていますか?ピサロ様
つめたいのに清らかで、触れるとすぐに消えてしまうけれど、それはとても、息を飲むほど美しいのです
知らないな。雪割り草ならば、知っているが
まあ、ピサロ様は雪割り草をご存じなのですか?
お前が眠るわたしの耳もとで、何度も繰り返し色々な花の名をつぶやくから、覚えてしまったのだ
それじゃわたし、これからもっとたくさん、お眠りになるピサロ様の耳もとで花の名を呼びますわ
そうすればピサロ様の頭の中はきれいな花のことでいっぱいになって、それ以外のことをぜんぶ忘れる
いやなことも、つらいことも、こわいことも、哀しいこともぜんぶ、
ぜんぶ忘れる
魔族の王としては失格だろうが、あながちそれは悪い提案とも言えぬな
だがわたしは、お前の……、
お前のことだけは、忘れたくない
……ピサロ様?
ロザリー、わたしはいつか、本当に何もかもを忘れてしまうような気がする
魔族の王という、空っぽで棘だらけの器に身も心も絡め捕られて、己れ自身をばりばりと喰い尽くされてしまうような気がするのだ
ピサロ様、そんなことを言わないで
わたしはいつか、わたしではなくなるような気がする
裸の枝先を彩る雪花は、どれほど花の如く美しくあろうとも、しょせん雪だ。いずれ必ず溶けて消える
わたしも雪花のように、いずれ………
やめて、ピサロ様!
だが、もしもいつか わたしがわたしでなくなる時が来ても
わたしがすべてを忘れても
わたしはお前を愛している、ロザリー
……怖い、ピサロ様。もう言わないで
怖くはない。わたしはここにいる。
今はまだ、お前のそばに
……怖い
ロザリー、愛している。
わたしはもしかしたら、魔族の王などではなく本当は、
本当は………
ピサロ様、もっと強く抱いて
お願いです、どうかわたしを離さないで
離さない
離すものか
わたしには
お前しか
お前だけしか
ロザリー
ロザリー
ロ ザ リ ー
愛している