ドラクエ字書きさんに100のお題



3・とっくに気づいてた


「とっくに気づいてたのよ」

永遠のような長い沈黙のあと、彼女が開口一番こう言った。

そして、もう一度。

「とっくに気づいてたの」

そうかもしれないな、とクリフトは涙ぐむ彼女をぼんやり見つめながら思った。

そうかもしれない。

ある意味、当然のことなのかもしれない。

生来の堅物で不器用にしか振る舞えない自分は、忠義心と恋心をいつも混同してしまい、主人だから尽くすのか、愛しているから尽くすのか、最後は自分でもよくわからなくなってしまっていたから。

気づかれて当然だ。むしろ、気づいてほしいとどこかで願っていた。

初めて出会ったあの時から、まだ声も低くならぬ九歳のあの時から、わたしはずっと、貴女だけを身も焦がれるほどに愛していたのです、と。

「もう遅いの?わたしたち。もう、どうしようもないの?クリフト」

彼女の泣き濡れた鳶色の瞳が、虹彩の奥に隠したたったひとつの望みを訴えるように切実に見上げて来る。

向かい合うふたりの横で、サントハイム聖教会の大鐘楼の白銀の鐘が強風にあおられ、重い体をわずかに震わせた。

建国よりそこにあると伝えられている巨大な鐘はよく研磨され、宝玉のようにつややかに輝いている。明日の正午ちょうど、国中にその荘厳な音色を響かせるだろう。サントハイムの王女と、同盟国ボンモールの王子との華々しい婚姻を告げる鐘の音。

そんなものを聞くくらいなら、心臓に剣を突き立てられて死んだ方がましだった。愛する人の幸福を祈り、身を引くことすら出来ない愚かなわたし。愚かなわたし。

ああ、なんて、愚かな。

「アリーナ様。お慕いしております」

言うな。

言ってはならない。

「わたしは幼い頃よりずっと、貴女様ただおひとりを心よりお慕いして参りました」

止めてくれ。誰か、わたしの喉に決して開かない鍵をかけてくれ。神様!

「何が起きようとも、貴女様をいとしく想う気持ちは、今もすこしも変わっておりません」

「だったら……!」

彼女の瞳の端から大粒の涙がこぼれるのを認めたとたん、ぎりぎりで表面張力を保っていた抑制が、ついに木端微塵に弾けた。

「逃げましょう。アリーナ様」

クリフトは自分の唇から無我夢中であふれ出る言葉を、まるで別人が発したもののように聞いた。

「逃げましょう。わたしと共に、どこか遠くへ」

「ええ」

アリーナは少しもためらわずに頷いた。

「今すぐに」

ふたりは手を取りあって駆け出した。宵闇にふたつの足音のスタッカートが響く。

愚かでもいい。後のことがどうなっても構わない。

追手に捕えられ、国家に背いた重罪人として、この身を真っ二つに引き裂かれても構わない。

わたしは子供の頃からずっと嘘をつき、本音を隠し、堪えることこそ誠実のあかしなのだと自分に言い聞かせ続けて生きて来た。

偽りという釉薬を塗ったまことの心の方位磁針は、いつも真逆を差していたことに、本当はとっくに気づいていたのに。

走り続けるアリーナの唇に、ほほえみが浮かんだ。心の底から幸せそうなほほえみだった。

クリフトはそれにほほえみ返すと、また前へ向きなおった。

これからどこへ行こう。どこが、わたしたちの終着地点だろう。わからない。どこへも行けないかもしれない。

でも、走り続けよう。走ればどこかに辿り着く。だから足を止めず進もう。命の限り走ろう。鼓動が振り切れるまで。手足が朽ちてちぎれるまで。

もう嘘をつくことは出来ない。

走ろう。ふたりで止まることなく、振り返ることなく、悔やむことなく。

もっと、もっと、遠くへ、もっと!




-FIN-


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