雪花
心ざし
ふかくそめてし
をりければ
消えあへぬ雪の
花と見ゆらむ
春を あなたを待つ
想いに 心を深く染めていたので
いつまでも 消えずに残っている雪が
わたしには うつくしい花に見えるのでしょう
わたしには
つめたい雪が あたたかい花に
あなたの愛が
想いが
きえてなお咲く
雪花に
ピサロ様
ピサロ様
##IMGU106##
~雪花~
「主よ、そろそろご英断の時かと」
したたるような悪意を秘めた懇願は、若き魔族の王にとって、生か死かを命ずる冷徹な引導の時でもあった。
闇佇む暗黒の魔城、デスパレス。
エビルプリーストはその邪悪な目にありったけの毒と欺瞞を込めて、玉座に身を沈めている男に告げた。
「今こそ、人の世に忌まわしき予言は降りました。
空と大地が生みし星の奇跡、天空の勇者が地獄の帝王を倒してこの世界を救う……、と。
このままでは我れら魔族は、ちっぽけな竜の神の思惑にまんまと踊らされ、愚かな人間と天空びとの合いの子に、世界征服の機先を制されてしまうことでしょう。デスピサロ様」
デスピサロと呼ばれた男は、魔族特有の紫色の瞳に氷のような冷光を宿し、声の主を睥睨した。
瞬間、王の参謀を名乗るエビルプリーストが、その威迫に気圧されて口をつぐむ。
(コウモリめ)
デスピサロは喉の奥で嘲笑った。
口さがない下衆が、へりくだった御託を並べてやたらと人間殲滅を焚きつけるが、その実、まことの目的はこの身を蹴落とし、我れこそ新たな魔族の王たらんと企んでいる。
しかし王でありながら若く、また人型の美しい容姿を持つがゆえにしばしば獣型魔族の反感を買いやすい自分は、たとえ腹の底に一物を抱えていると知っていても、魔族統括に大きな影響力を持つエビルプリーストを今失うわけにはいかなかった。
何の返答も返さないデスピサロに、エビルプリーストは苛立って問うた。
「王よ、お答えを」
「たしかに、人間は愚かだ。空に浮かぶだけの無能な天空びともまた。
だが我ら魔族とて、愚か者は五万といる。その証拠に、たった今ここにもな」
「これは……、手厳しいご冗談を」
エビルプリーストは引きつった笑いを浮かべた。
「色よいお答えが頂けないようでしたら、天空の勇者の件、このわたしめにご一任下さいますか」
「貴様に任せて、なんとする」
「只今、魔族全軍に手を尽くさせ、竜の神が地上に隠した勇者の行方を捜しています。
竜の神の住む天空城を夜陰に乗じて急襲し、捕えた天空びとから聞きだした情報によると、その勇者なる存在は男、そしてまだ子供。
これほどうまく姿を隠すとは、恐らく人間側にも多くの協力者がいる。
隠し集落を作り、皆で勇者を守り育てている可能性が高い。
見つけ次第、集落ごと焼き払ってやります。後の禍根を断つためにも、勇者にかかわるすべてを完膚なきまで根絶やしにしてみせましょう」
「好きにしろ。貴様には向いた仕事かもしれん。
ただでさえ、魔族の貴き参謀殿は騙し討ちがずいぶんと好きなようだからな」
「……なんの話です」
「先だってのデスパレス近郊のエルフの虐殺、あれは貴様の手だ」
「卑しくも、魔族の王の居城のそばでころころと鈴のような笑い声を立て、歌いながら花を摘むなどと無礼な真似、許すわけには参りませぬ」
「デスパレス内外の誰何警備もろとも、すべて貴様に任せている。なにをやろうと異議を唱える気はない。
だが貴様の言うちっぽけな天空の竜の神は、少なくとも自由に歌う鳥や花を愛でる蝶に、無礼だといちいち難癖はつけぬだろう」
デスピサロは立ち上がって緋色のマントを翻した。
「王、どちらへ」
エビルプリーストの目が陰惨に細められた。
「よもやまた、森の奥の塔に隠し置いているエルフの娘などに逢いに行くのではありますまいな」
「……」
「気紛れの戯れも度が過ぎますと、いつの日か御身を滅ぼしますぞ」
「その言葉、そのまま貴様に返す」
デスピサロは唇の片方だけを酷薄に歪めた。
「わたしの寝首を掻く算段ばかり取っていると、そのうち貴様自身が足元を掬われるのではないか?
魔族の王のかけがえなき聡明なる右腕、エビルプリースト殿よ」
返答を待たず、若き王の姿は煙とかき消えた。
エビルプリーストはひっひっと肩を揺らして笑い、糸を引くような粘着質な声音を、消えた王の残像へと飛ばした。
「おお、怖や、怖や。
何もかも見透かしているつもりの、うつくしき哀れなひとりぼっちの王よ。
魔族の王として選ばれながら、下らぬエルフを愛した己れの業を思い知るがよい。
魔物のくせに他者との愛をいつくしむ、その暗愚をいずれ身を以って知るがよい。
逃れられない宿命から懸命に目を逸らす、貴様にはもうそんな時間は残されていないのだぞ。
傀儡の王、デスピサロ」