ドラクエ字書きさんに100のお題



63・目的


わたしには人生の目的がわからないのです、占い師様。

目の前の水晶玉の澄んだ輝きを見るともなく見つめながら、途方に暮れてそう呟く客たちのなんと多いことか。

(そんなの、わたしにだってわからないわ)

ミネアは思わずこぼれかけた言葉を噛み殺し、このところやっとスムーズに作れるようになった商売用のぎこちない愛想笑いを浮かべた。

「それでは、あなたの運命を視てみましょう。

さあ、水晶玉に手をかざして下さい」

うろんそうにおずおずと伸ばされた力無い手のひら。

「いいえ、そうではなく」

ミネアは今度は苛立ちを隠さずに言った。

「もっと手を大きく広げて下さい。肩の力を抜いて、目を閉じて。

たったいま頭の中をよぎっている雑念を、すべて忘れて」

いつも思うのだが、どうか視て下さいとやって来る客たちの八割以上が、じつは占いそのものを信じていない。

それは、こんなふうに自分からやって来ておいて気の進まなそうな態度や、ミネアを見つめる不信感に満ちた視線ですぐにわかる。そして自分にとって都合の悪いことを言われると腹を立て(そんな奴らはひどい場合、金も払わない)、はたまた耳に優しいことを言われると、打って変わって上機嫌で帰ってゆく。

要は、己れの運命を知りたいのではなく、うだつの上がらない現状の自分を慰めて欲しいだけなのだ。占いという得体のしれない媒介を通して、ちょっとでも気分をよくしたいだけなのだ。

人生の目的どころか、今日一日の目的さえも見失っている者たちが、たとえ出鱈目でもいいからなにか未来への方向性を提示する言葉をかけて欲しくて、道端に転がっている占いにすがりつく。だが、占いとはそんなものではない。占い師は心身を癒すヒーラーではない。

客たちにとって胸に突き刺さる厳しい真実を淡々と口にするたび、「このイカサマ師め。あんたみたいな小娘は信用ならないよ」と言い捨てて立ち去られ、そのたびにミネアは占い師としての自尊心を深く傷つけられる思いでいた。

「……今日も、儲けなし、か。

これじゃ姉さんに顔向け出来ないわ」

最後の客にも怒り心頭で去ってゆかれ、ミネアはさすがにこたえて両手で頭を抱えた。

(なぜなの)

わたしはただ、視えたものを正直に伝えているだけなのに、皆の怒りを買ってしまうのはなぜなのかしら。

あなたは今のままではだめですよ、と言葉にすると、たいていの人が腹を立てるのはなぜなのかしら。

人とは皆、自分をそんなにも過大評価しているのかしら。

それでも客あしらいのうまい熟練の占い師ならば、言葉巧みに客を褒めそやし、優しく持ち上げながらも合間に鋭い教訓のエッセンスを織り交ぜて、相手の機嫌を損ねずに占いの結果を伝えることが出来るのだろう。

だがそんな器用な芸当は、無口で引っ込み事案のミネアには到底出来るものではなかった。仇のバルザックを探し、姉のマーニャとのふたり旅を続けるさなか、暮らしの糧を得ようと占い師として街に立ってみて、初めて知った。

占い師とは、営業職なのだ。視えたものを視えたままに、直截的な言葉で伝えさえすればいいというものではない。

怒りながら去った客の心には、おそらく馬鹿にされたという誤解だけが残り、ミネアが占いを通して伝えたかった運命の真実は響いていないだろう。

魂に訴えかけない占いなど、占いではない。ミネアは唇を噛んだ。

そういう意味ではたしかに、今の自分はイカサマ師と同じなのだ。

このまま儲けもなく姉のもとへ戻ることは出来ず、かといってさらに客を待つ気分にもなれずに、ぼんやりと街路樹の根元に腰を下ろしていると、どこからか射すくめられるような鋭い視線を感じた。

ミネアは顔を上げ、はっと表情を硬くした。

いつのまに現れたのか、街路樹わきの路肩に自分と歳のさほど変わらない若者が立っている。

(いつからいたのかしら。気配を全く感じなかった)

霊感を駆使する職業柄、気の動きには敏感だ。だがこうして目の前にいても、その若者からは生きているものの発する気配がほとんど感じられなかった。

どこの国の出身なのか、エメラルドのような鮮やかな緑色の目をした、はたち前ほどの美しい少年だ。だがその若者はなにがあったのか、ひどく荒れた表情を浮かべていた。

もともとは飛び抜けた美貌の持ち主なのだろうが、顔色が悪く、ろくに食べていないのか痩せて、青白い肌の中で瞳ばかりがぎらぎら光っている。

(なんて目をしているのかしら。まるで、割れて砕けてしまった水晶玉のよう。輝いているけれど、壊れている)

ばらばらになった破片をかろうじてかき集めたような、バランスを欠いた若者の眼光の中に、誰に向けてなのかわからぬ深い憎しみと悲しみを見つけ、ミネアは本能的な恐怖を感じて思わず身をすくめた。

「……」

幽鬼のような若者が、なにかを言いたそうにのろのろと口を開こうとする。

「こんにちは」

だがなぜか、ミネアはそれを遮るように声を上げていた。

「占いはいかがですか。10ゴールドであなたの未来を見て差し上げましょう」

若者は一瞬眉をひそめ、言葉の意味を反芻するように呟いた。

「……占い?」

「はい。わたしは占い師です。占いは闇夜を照らす月の明かり。あなたの運命の向こう側を見定めてみせますわ。

さあ、水晶玉に手をかざして下さい」

暗い目をした若者はつかのま黙っていたが、やがて緩慢な仕草で左手を差し出した。

痩せた腕のわりに、意外なほどしっかりと力に満ちた手だった。恐らく元々は、引き締まった体つきをしたすこやかな若者だったのだろう。

人差し指の節くれの内側に、硬く膨らんだ剣の握りぐせがある。それではこの若者は、剣士なのだ。

(神々の残酷な仕打ちに震える、悲しみの手。愛するものを誰ひとり救えなかったこの手が、やがて壮絶な運命を乗り越え世界を救う。

我れら導かれし者たちは決して、この手を離してはならぬ。

天空と大地をひとつに結んだこの悲しみの手に、未来のすべてが握られているのだ)

頭の中で勝手に言葉が鳴り響き始めて、ミネアの背中に、ぞくっと電流のようなものが走った。

(なに?この感覚は……。視える。恐ろしいほどはっきりと。

ああ、今この時、わかる。わたしはずっと、この瞬間を待っていたのだわ。この瞬間のために占いという天職を得たのだわ)

わけのわからない高ぶりが襲って来て、こめかみが熱くなる。ついさっきまで感じていた葛藤が、雨に打たれる氷のようにあっというまに溶けてゆく。

そうだ。わたしは金儲けをするためや、占いに理解のない者たちに愛想をふりまくために占星術を身につけたのではない。

わたしに魂を読み取る力があるのは、今この時、この瞬間のためだったのだ。目の前にいるがらんどうの瞳の壊れかけた若者。わたしはさだめに選ばれし彼に、啓示を与える役目を負う巫女なのだ。

このよるべない悲しみの少年の大いなる運命は、わたしが見定めなければならないのだ。

「あなたの周りには、七つの光が視えます。

まだ小さな光ですが、やがて導かれ大きな光となり……」

若者の暗い瞳が、ふと怪訝そうにミネアを捉えた。ミネアの瞳から唐突に涙があふれだしたのだ。

「あなたを探していました」

ミネアは涙をぬぐおうともせずに告げた。

「あなたをずっと探していたのです、勇者様。

邪悪なるものを倒せる力を秘めた、あなたを」

ミネアは泣きながらほほえんでいた。

「ここまでどんなにか、おつらかったでしょう。よくぞ耐えて来られましたね。

でも、大丈夫。あなたはもうひとりではありません」

その瞬間、若者の硬くこわばった顔が歪み、緑色の瞳がぐらりと揺らいだ。

だが彼は意地でも泣くまいとするかのように唇を噛みしめ、まるで優しい言葉に腹を立てたかのように、ミネアをきっと睨みつけた。水晶玉へ伸ばした手もすばやく引っ込めてしまった。

その一瞬の感情の震えが眠っていたなにかを揺り起したのか、表情には力が戻り、さきほどまでとは別人のように生気に満ちていた。

「わたしの名前はミネアです。もうひとり、姉のマーニャという者がおります。

あなたの周りには、これから多くの光が集まって来るでしょう。さまざまな力を持った者たちが、邪悪なるものを倒すことを目的として。

天空の血を受けたあなたはこの世のなによりも美しく光輝き、選ばれし者よ、唯一無二の勇者よと、行く先々で奉られるでしょう。そのことがあなたを苦しめる時もあるかもしれません。

けれど、忘れないで下さい。わたしがこれから言うことをよく覚えておいて下さい。

あなたの人生の本当の目的は世界を救うことではなく、その先にあるのです。

駿馬が鞭打たれ追い立てられるように、遮二無二救った世界でどう生きてゆくのか、それこそがあなたという存在の真の目的なのです。

だから、志半ばで投げ出してはなりません。物語の結末のその先を見るまでは、決してあきらめてはなりません」

若者は黙って聞いていたが、足元に目を落として小さくなにごとかを呟いた。

……勝手なこと 言ってら

ミネアはそれを聞いて、ふふっと笑った。

「ええ、占い師とはいつでも勝手なことを言うものですわ。

でも、それがわたしの生きる目的だとようやくわかったのです。それも、たったいま」

さあ、ついて来て下さい。おそらくカジノにいるはずの、わたしの姉をご紹介します。そう言ってミネアは歩き出した。

緑の目をした若者はしばらくその場にじっとしていたが、やがてミネアの後を追って静かに歩き始めた。



―FIN―


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