あの日出会ったあの勇者
ブランカ城市は狭い。
十字路が三つ交差すればもう行きどまりに辿りつく大通りは短く、東側に野菜や肉など生鮮品を扱う食物店や行商人を泊める宿屋、道具屋などの生活市が並び、西側には小規模ではあるが、一般人も手にすることの出来る武器屋と防具屋が並んでいる。
商店は軒並み古く、客も城下街以外に出向くことのない老人ばかりでお世辞にも活気があるとは言えなかったが、それでも数年前、トルネコという商人がエンドールとこの国を繋げるトンネルを開通させたおかげで、昔と比べてこの街もずいぶん賑わうようになった。
「ついて来い」
自分の革のマントをライに被せた緑色の目の若者は、振り返ることなく三歩ほど前をさっさと歩き、一本目の十字路を右に曲がって裏路地に入った。
ライも痛む足を引きずり、あわてて追いかける。
なにせ、足の長さが違ううえにとにかく歩くのが速いのだ。この美しい若者には、怪我をした子供に歩調を合わせてやるという気遣いはないらしい。必死で追わないと、あっというまに置いて行かれてしまう。
だが激しい雨に顔をしかめつつ後を追ううちに、ライはなぜこの若者がやたらと速足で、まるで陰気な魔道師のように分厚いフードを深々と被っていたのかわかるような気がした。
彼は、あまりに目立つのだ。
ライがひと目で旅の役者だと勘違いしたように、彼の常人離れした美貌はこの辺境の田舎街では人目を引き過ぎる。
軒下にたむろして雨をよける老人や子供たち全員が、濡れるのも一向に構わずすたすたと道の真ん中を歩く若者の姿を認めたとたん、ぽかんと口を開けて呆然と見とれる。
驚いたように目をこすって二度見する者もいれば、路肩に寝そべる酔っ払いの中にはもっとあからさまに、「うひゃあ、なんてどえらいべっぴんの兄ちゃんだ!よお、あんたと遊ぶのはいくらだい?」と指笛を鳴らしてはやし立てる者もいた。
どんな理由があるのか、彼は自分の容姿がごく普通の人々と明らかに違うことを自覚している。
恐らく天候に関係なく、人の多い街なかを歩く時はいつもマントを被り、美しすぎる外見を隠すよう心がけているのだろう。
路地の一番奥、よろず屋の裏口の横に置かれている木の卓子と椅子の前まで来ると、若者はようやく振り返り、はあはあと肩で息をするライに「座れ」と言った。
ライは椅子に転がるように倒れ込んだ。
「あ、あんた、足が……速すぎだ。俺、怪我してるんだぞ」
「ちゃんとついて来てただろ」
「後ろをいっぺんも振り向かなかったくせに、どうしてそんなことがわかるんだよ」
「足音が聞こえたからな」
「嘘つけ!こんな土砂降りなのに……耳のいい野生の狼じゃあるまいし、雨音に消されて足音なんか聞こえるもんか」
若者は肩をすくめ、「嘘はついてない」と言うと、
「それに、それだけ歩けるなら骨に異常はない。ニ、三日で痛みは引く。
男のくせに、そのくらいの怪我でいちいち騒ぐな」
相変わらずの愛想もそっけもない態度だ。だが瞳に浮かぶ光の穏やかさから察するに、どうやらライのことを疎んじているわけではないらしい。
藍染めの暖簾が吊り下げられたよろず屋の扉口を開け、緑の目をした若者はためらいなく顔を突っ込むと、物慣れた様子で奥に向かって声をかけた。
「ディート、俺だ。悪いが雨に濡れた。風呂用の大きめの木綿布を借りられないか。
それとさっき勧めてくれた馬乳のパンとハム、まだ残ってるのならやっぱり買う」
「おお、あんたかい!」
暗がりの向こうでがたごと動く音がすると、いかにも人好きのする赤ら顔の太った店主が中から姿を覗かせた。