あの日出会ったあの勇者
あたり一面に舞い上がって視界をかき消した粉塵が、ようやく足元に沈み、元通りの光景が戻って来る。
げほげほと咳き込んだり、砂ぼこりを避けてしゃがみ込んでいた女たちは、目をこすりながら起き上がった。
「あんた!ふざけんじゃないよ。一体どうしてくれるんだい、この始末」
大柄な女は怒りに声を震わせながら緑の目の若者を睨みつけた。
「事と次第によっちゃ、お城の護衛兵を呼ばせてもらおうじゃないか!」
「無駄にでかいテーブルをふたつに分けるため、こうさせてもらったまで」
緑の目の若者は表情を変えずに言った。
「いい大人が伝説の最後の晩餐の真似ごとか、たかが食事に雁首そろえてひとつのテーブルを囲む必要はないだろ。
だから壊れた椅子を無理に使ってまで、他人に合わせて行動しなければならない奴が出て来る。
食事時間は休息時間だ。ふたつのテーブルを別々に置いて、思い思いの場所で好きに食べればいい。
壊れた椅子も処分する。ここは縫製工場だったな。余り布を絨毯代わりに敷けば、路肩に腰かけてひとりで飯を食うことだって出来る」
「わざわざひとりきりでごはんを食べたい人間なんて、いるもんか」
「い、る、ん、だ」
緑の目の若者は眉間にしわを寄せ、深く実感のこもった口調で言った。
「どうして、皆が皆同じ考えを持ってると決めつけるんだ?世の中には団体行動を取るのが苦手な人間もいる。
絶対にそうすべきだと言ってるわけじゃない。飯くらいひとりで食べようが皆で食べようが、その日の気分で好きにする自由くらいあってもいいだろ。
せっかくの休憩時間まで、作業が遅いだのぐずだの小言をぶつけられて、飯ひとつ自由に食えない。
だから疲れが取れずに、余計仕事がはかどらなくなっちまうんじゃないのか」
緑の目の若者はそこにいる女たちをぐるりと見渡した。
「俺も職人だから、わかる。真面目に働くからこそ、誰とも話さない時間が欲しい時がある。
あんたたちはないのか。誰ひとり?同じ時間、同じ面子でどうでもいい話を繰り返して、本当に心から笑ってるのか。
俺の言うことを少しでも理解出来る奴がいるなら、手伝ってほしい。今から半分に分けたふたつのテーブルに足を作る」
そう言うと、緑の目をした若者は踵を返し、女たちとは反対側の建物に向かって歩き出した。
壁に立てかけた木材の陰にうずくまって、一部始終を見ていたライはぎょっとした。
(わわ……、あいつ、なんでこっちに来るんだ?!)
「これを使わせてもらう。古いし、このぶんじゃ廃材だろ。
でも芯はしっかりしている」
緑の目の若者は長い木材をひょいと肩に抱え上げると、ライには目もくれず戻って行った。
今まで自分を隠してくれていた木材がなくなって、ライは甲羅を失った間抜けな亀のように、丸見えになった。
(あわわ……!)
泡を食って、四つん這いで猛然と建物の陰に駆け込む。大半の女たちは緑の目の若者に注目していて、小さなライに気づくことはなかった。
だが建物の一番手前側に立っていたヴィエナは、口をぽかんと開けた。
「ラ、ライアン……?!」
「幻覚だ」
緑の目の若者は、ヴィエナに木材の反対側の角を持つよう指示しながら、にべもなく言った。
「べホマズンの効果が浸透するには時間がかかる。今日一日は視力が不安定なままだ。
幻覚が見えることもあるが、明日には治る」
「幻覚?」
ヴィエナはごしごしと目をこすった。
「そ、そうなのかしら……。でも今、確かにそこに」
「腹をすかせた野良猫だろ」
「猫?でも……」
「さっさと家に帰ればいいのに、こんなところにまで迷い込んでしまった遊びたがりのしょうがないガキ猫だ」
緑の目の若者は声を大きくして言った。
「いいか、もう少しそこで待ってろ。俺がお前を家に連れて帰ってやる」
「ニ、ニャ~~ゴ~」
壁の向こうから、うわずった鳴き声が帰って来る。ヴィエナは目をぱちくりさせた。