あの日出会ったあの勇者
ブランカ城下一番街の工場勤めの女たちの前に突如現れた緑の目の若者は、それからまるでぜんまい仕掛けのからくり人形のように、てきぱきと行動を起こした。
立ちつくすヴィエナを尻目に、懐から幼少より愛用している刃物を取り出す。
刀身がぐいと婉曲し、短弧側に刃を持つ「内反り」と呼ばれる様式のククリナイフだ。
大衆に鑿(のみ)が出回っているこの時代、彼のようにナイフ一本でほとんどを彫りあげてしまう木工職人は非常に珍しい。
それは、もはや手先が器用という問題で片付けられるものではなかった。天性の才、と言うにはあまりに独自的で、他人に真似できない特異さを持った緑の目の若者の技。
壊れた椅子と、木工職人。てっきり修理を始めるのかと思いきや、彼は地面に片膝をついて、皆が食事を広げている長テーブルの足を掴み、食べ物の乗った天板の側面にためらいなく刀身をささり込ませた。
顔色ひとつ変えずに刃を上下運動させると、砂ぼこりのような木粉をまきあげ、憩いのテーブルはおもむろに両断され始める。
大柄な女は真っ青になった。
「ちょっとあんた、な……なんてことしてくれるんだい!」
大柄な女は叫んだ。
「これはみんなで楽しく食事するための大切なテーブルだよ!」
「今にも壊れそうな椅子を我慢して使ってる奴がいるなら、それはみんなで楽しく食事してるとは言わないだろ」
緑の目の若者は女に目もくれず、どんどんテーブルを切り進めながら、もののついでのようにそっけなく言った。
「倒れるぞ。皆、弁当をさっさと片付けろ」
工場勤めの女たちは悲鳴をあげた。広げた食事をてんやわんやでひっつかみ、蜘蛛の子を散らすようにテーブルからばたばたと離れてゆく。
ナイフを動かしていた緑の目の若者の左手の動きが、じょじょに緩慢になった。
長方形のテーブルは、物差しで測ったようにちょうど真ん中の部分で、ほとんど真っ二つに切られていた。
もう少しで、完全に分かたれてしまう。あと指先三本分、二本分、一本分……。ヴィエナはそれを動くことも出来ずに見つめていた。
そんな彼女を、緑の目の若者は思わしげな瞳で見た。
ついに摩擦の音がぶつりと消え、ナイフが最後の繊維を断ち切る。ふたつにわかれて支えを失ったテーブルはどおん、と音を立てて地面に勢いよく崩れ落ちた。
木屑がもうもうと舞い上がり、辺り一面が黄色い煙に包まれる。ヴィエナは咳き込みながら後ずさろうとした。
その時、誰かの手が彼女をぐっと引き寄せた。
「ひっ……」
「静かにしろ」
荒っぽく肩を掴まれ、両まぶたを広いてのひらで目隠しされる。
恐怖に叫びだそうとしたヴィエナは、次に襲って来た異変に硬直した。
(まぶたが熱い……!まぶしい!なに、この光は?)
(光が、まぶたの中になだれ込んでくる……!)
「あんたの目をべホマズンで治す」
さっきと同じ声が、耳元でぶっきらぼうに言った。
「今日は禁忌を三回も破った。こんなことは二度とやらない。
たった今から目は元通りになる。だから、忘れるな。今日からあんたが大事にしているものの中に、自分自身もくわえるんだ。
それがいつかあいつのためになる」
「あいつ?あ、あいつって誰です」
声は一瞬黙って、続けた。
「あいつは、俺の……友達だ」