キスの熱
(……どうして)
(どうして闇は、あらゆる光をいともたやすく、出口のない渦の中へと飲み込んでしまうのだろう)
身体を刃で貫かれるような、やるせない痛みがクリフトを襲う。
目の前の男が長いこと独りで抱えて来た、深い苦悩。
我が子を亡くした悲しみと怒りの中でもがきながら、表向きは決して笑顔を絶やさず、宿屋のあるじとして慎ましく生きて来た男の憎しみを拭い去ることは、もう出来ないのだろうか。
「神官さん、なぜこんな田舎村の宿屋に、あんなに豪華な客室や大浴場があるのか解るかね」
宿屋のあるじは言った。
「全部、エドガンの出した金で作ったんだよ。
ナナが死んでから、エドガンは自分の作った薬や術で儲けた金を、全てわたしの元へ持って来るようになった。
わたしはそれをおとなしく受け取った。
もしも拒んでエドガンの弟子達が騒ぎ出し、単なる病死として片付けたナナの一件について妙な噂でもたとうものなら、ようやくここまで築き上げた宿の評判に、どんな傷がつくか解らなかったからね。
神官さん、嘲ってくれて構わないよ。わたしは気が狂うほどの悲しみに沈みながらも、それでもここで商売を続けることを望んだ。
ナナを奪われたわたしには、もうこの宿屋しか残されていなかったんだ。
だが平穏な日々の中でも、わたしは一度たりとも忘れたことはなかった。
わたしのナナはもういない。
あいつらの言う、特別な力とやらがなかったばかりに、下らぬ錬金術の犠牲にされてしまったナナ。
一方の「特別な力」を持って生まれて来たエドガンの娘は、世にも美しい花のかんばせをこれみよがしにひけらかしながら、
無二の預言者よ、巫女よともてはやされて、今ものうのうと幸せな毎日を生きている」
次第に声がうわずり、激情を堪え切れぬように小刻みに体が震え始める。
「こんなことが、許されていいのか?
神は何を見ている?
正しく裁きを下してくださらないのなら、わたしが代わりにやるしかないじゃないか。
だが安心してくれ、殺す気なんてない。
それじゃあの愚かなバルザックと、同じ穴のムジナになってしまうからね。
わたしがやりたいのは、あの無知な美しいだけの娘から、「特別な力」を奪ってやること。
人々を引きつける卑怯なその霊能力さえなければ、お前などナナの足元にも及ばぬ、 罪人エドガンの汚れた血を受け継いだ、何の価値もない小娘に過ぎないのだと、知らしめてやることだよ!」
「……もうやめましょう」
宿屋のあるじははっと息を飲んだ。
神官の青年が、こちらを見ている。
紙のように白くなった顔の中で、まるで蒼い穴をうがったような双眸が、哀しい光を放ちこちらをじっと射抜いていた。