キスの熱
まるで言葉の端から血を流しているかのような、痛みに満ちた宿屋のあるじの声。
話がどこへ向かうのかを掴み始めたクリフトの額に、小さな汗が浮かぶ。
だが彼は身じろぎひとつせず、話を遮ることもなければ、決して目をそらすこともしなかった。
「結論から言うと」
あるじは大きく息を吐き、太った体をよじるようにして告げた。
「エドガンはナナを殺した」
神官の青年の眉間が、一瞬歪む。
だが彼はそれでも口をつぐみ、一言も発しなかった。
「新しい医術というのはね、エドガンがまだ研究を始めたばかりの、開発途中の錬金術だったんだ。
人体に本来存在しない細胞を植え付け、活性化させて、その者が持つ生命力を著しく増幅させるという。
彼は弟子と共にその研究に心血を注いでいたが、思ったように開発が進まなかったらしく、焦ったエドガンは、求める結果を引き寄せるため、ありとあらゆる試行錯誤を繰り返していた。
賢い神官さん、君なら解るね。
一体ナナが、なんの実験の犠牲にされたのか」
「……進化の、秘法」
喉に張り付いたようなかすれた声が、クリフトの唇から洩れる。
宿屋のあるじは頷いた。
「その通り。悪しき者の欲望に利用され、妖魔を更なる邪悪へと変え、この世界を闇に叩き落とす悪魔の錬金術、進化の秘法さ」
淡々としたその口調が返って、彼のこれまで抱えて来た葛藤と憎しみ、未だ癒えていない深い悲しみを露呈していた。
「もちろんエドガンは、そんな目的でこの術を編み出したわけじゃない。
彼はこの研究が進めば、弱い体で生まれた者や、不治の病に冒されている者、皆を救うことが出来ると堅く信じていた。
だがね、人々に害をなすものとは、得てしてそうした科学者の偽善めいた発想から生まれるものだ。
エドガンの錬金術が、一体何を生み出した?
悪を巨大化させ、罪もない人々を恐怖に陥れ、そしてわたしの大切なナナを殺した。
それが全てだ。
翌朝迎えに行った時、ナナは冷たい石造りの台の上で、物言わぬむくろと成り果てていた」
腰の横に垂れた青年の拳が、小さく丸められる。
宿屋のあるじは微笑んだ。
「わたしは半狂乱でエドガンに詰め寄ったよ。
泣き叫びながら、これはどういうことだとわめいた。
エドガンはまるで叱られた子供のように震えながら、こんなはずではなかったとすすり泣いた。
確かにミネアにも同じ術を施したし、彼女はそれできちんと病から回復したのだと。
ナナを返せ!そう叫んで、わたしはエドガンを殴り付けた。
エドガンは抵抗もせず、わたしに殴られ続けながら、涙を流して詫びた。
許してくれ、許してくれ。大丈夫だと思ったんだ。ミネアは平気だったんだ!とね。
ところがその時、傍らでその様子を眺めていたあいつが言った。
楽しくてならぬように、薄ら笑いを浮かべながら」