キスの熱
蒼い目をした青年は、相変わらず感情を表に出さず、静かに彼を見つめている。
いかにも聡明なその態度に、宿屋のあるじは馬鹿にしたように鼻を鳴らした。
「朝からこんな陰気な話、聞きたくないかい」
「いえ」
「ではまたこちらからひとつ、質問をさせてもらおうか。
神官さん、もし君の大切な存在が、ある日突然最も理不尽なやり方で奪われたらどうする」
目顔で答えを促すと、青年のこめかみが微かに動く。
あるじは満足げな笑みを浮かべた。
「それでもその涼しげな態度を崩さずに、罪を悔い改めよとなんのと言っていられるかな。
わたしにはね、娘がいたんだよ。ナナという名前で、ちょうどミネアと同い年だった。
あの姉妹のように人目を引く美しさはなかったが、それでもわたしには目の中に入れても痛くないほど可愛い娘だった。
それがある日、熱を出してね。
その頃流行っていた病の一種だったが、重症化する者はめったにおらず、二、三日おとなしく床に着いていれば、すぐに治るはずだったんだ。
ところがその日の夜、エドガンがやって来た。弟子のオーリンとバルザックを連れて。
キングレオ城の祝祭前で泊まり客も多く、とにかく忙しくてたまらなかった夜だ。
番台の前に立った三人は三人とも、まるで闇を切り取ったような、暗く思い詰めた目をしていたよ。
その頃からエドガンは、既に病み始めていたんだろう。
あの黒い目は、無心な知識欲の目。錬金術の魔性に取り憑かれ、知りたいという己れの探求心に、人格まで喰われてしまった者の目だった。
やつはわたしに微笑んで言った。流行り病をたちどころに治す、新しい医術を編み出した。
同じ術をミネアに施すと、すぐに熱が下がり嘘のように元気になった。
だからお前の娘にもその術を施してあげよう。うちに連れて来るといい、とね。
わたしはなんて馬鹿だったんだろう。
もちろん幼馴染みのエドガンを、まだその時は信頼していたということもあった。
だがわたしはそれ以上に、親から受け継いだこの活気ある宿屋に、あの黒いしみのような三人を長居させたくなかった。
日頃から口数も少なく、ほとんど身なりに構わず実験に没頭しては、悪臭や騒音騒ぎを起こすエドガンは、腕のいい薬師ではあったがそれ以上に、この村の厄介者でもあったんだ。
宿屋の仕事が面白くなり始めていたわたしは、変わり者のエドガンと、少しずつ距離を置こうとしていた。
商売というものは、客の評判が全てだ。看板に傷を付けるものは何であろうと、排除しなければならない。
仕事に追われていたわたしは、ろくにエドガンの方を見もせずに言った。
ナナなら奥の部屋だ。眠っているかもしれないから、起こさないよう静かに連れて行ってやってくれ。
エドガンは我が意を得たりとばかりに、めったに見せぬ笑顔を浮かべたよ。
……だが、それがすべての間違いだった」