キスの熱
向かい合う神官の青年の瞳に宿る、澄み切ったサファイア色の光。
かつて自分もこんなまなざしで、世界を眺めた事があったのかさえ、今の彼にはもう思い出せはしなかった。
「だとしたら、どうだというのかな」
わざとゆっくりと口にすると、青年の若々しく端正な顔が、更に険しさを増す。
「理由を聞かせてもらえませんか」
「何のことだい」
「あなたは隣人である錬金術師のエドガン一家と、ずっと懇意にして来られたはずです。
今さら何故このような愚行に及んでしまったのか、きっとなんらかの理由があるのでしょう」
「……愚行か」
宿屋のあるじは不意におかしくてならぬように、太った身体を揺すって笑い始めた。
「いや、さすが神官さんだね!解りやすい悪を裁くのは、仕事柄お手の物ってわけだ。
お国の教会の綺麗に手入れされたぴかぴかの祭壇の上で、さぞかしたくさんの悩める民の告解を聞いて、それを糧に安穏と生活して来たんだろう」
皮肉に満ちた言葉にも、クリフトは全く表情を変えなかった。
「理由を聞かせて下さい」
「聞いてどうするんだい」
「あなたはミネアさんとマーニャさんの、大切な恩人だと聞いています。
過ちを悔い改めて頂けるのであれば、事を公にするつもりはありません」
「悔い改めるだって!」
宿屋は大袈裟に声を張り上げて肩をすくめた。
「神よ、この忠実なる蒼い目の色男さんに、最も深いみ恵みを与えたまえ!
クリフトさんと言ったね、男前の神官さん。
じゃあ今度はわしが聞くが、一体これからあんたは何を裁こうと言うんだ?
わたしかい?それとも聖職者お得意の、罪を憎んで人を憎まずというやつかい?
理由を聞いて納得が行けば、今すぐこの場を引き下がってくれるのかい?
それともわたしを後ろ手に縛って、ミネアとマーニャの前に、こいつが犯人だと突き出してみるかい?」
「……」
「まあいいさ。そんなに聞きたいのなら話してやろう」
宿屋のあるじはため息をつくと、近くにあった椅子を引き寄せて、大儀そうに腰掛けた。
「わたしとエドガンは、確かに親友だった。子供の時からこのコーミズ村で、兄弟のように仲良く育って来たよ。
宿屋を継いだわたしと、錬金術にのめり込んで行ったあいつは、志すところは違ったが、何故かとても気が合った。
やがて互いに結婚し、それぞれ子供を持ったが、それまで通りの親密な交流が続いたよ。
まさかあんなふうに」
あるじの頬がひくつき、そこで初めて丸く膨らんだ瞼に、抑え切れぬ憎しみが滲んだ。
「あんなふうに裏切られるとは、思ってもみなかったんだ。エドガンのやつにね」