キスの熱
「ところで、その食事なんだけど」
アリーナはふと思い出したように言った。
「今朝はクリフトが作るんですって。だから皆はもう少し、部屋で待っていてくれと言ってたらしいわ」
「クリフトさんが」
ミネアは意外そうに目を見張った。
「宿のお料理が、お口に合わなかったんでしょうか」
「わたしも実はさっきまで寝ていて、トルネコに聞いただけだからよく知らないの。
でもこの宿屋には随分とお世話になったから、きっとそのお礼だと思うわ。クリフトの料理は絶品だもの」
思わず誇らしげな口調になるのに自分で気付かず、アリーナは言った。
「小さな頃から教会で、数多くのおいしい振る舞い料理を作って来たのよ。
みんなの顎が落ちちゃうこと、間違いないわ」
「顎じゃなくて、ほっぺでしょ」
「あ……そ、そう、それ」
ミネアはくっくっと肩を揺らして笑った。
「舌の肥えたアリーナさんの太鼓判なら、確かに間違いないわね」
「うん、お腹をすかせて待っていましょ」
笑顔で頷きあった瞬間、ふいに頭の中を冷たい風が吹き抜ける。
意思とは関係ない、氷柱のように張り詰めた感覚が脳裏に訪れて、ミネアははっと顔を上げた。
(……クリフトさん?)
「どうしたの、ミネア?急に黙っちゃって」
「い……いえ」
ミネアは慌てて首を振った。
「献立は何かしらって考えていたの。お肉料理はちゃんとあるのか、とても気になって」
「意外と食いしん坊なのね」
アリーナは目を丸くした。
「さすがに朝から、肉料理は出て来ないかもしれないかしら。わたしはいつだって大丈夫なんだけど」
「じゃあ、期待して待っていましょう」
鷹揚に微笑んで、ミネアは自分の掌をそっと見つめた。
どうやらアリーナは、なにも気付いていない。
だとすればこの思念は、クリフトがこちらに向けて訴えかけているのではなく、身体と共に回復した自分の第六感が、偶然感知したものなのだ。
(感じる)
(彼の心の痛みを、やるせない怒りを)
(何があったのかしら)
アリーナが好みの料理について楽しそうに話すのを、半ば上の空で聞きながら、ミネアはかつて愛した彼の、激しく起伏する感情の波をなんとか読み取ろうと、常人には見えぬもうひとつの世界へ視線をさまよわせた。