キスの熱
全く予期せぬ言葉を投げられて、クリフトはただただ、言葉を失うしかなかった。
アリーナはそんなクリフトの困惑など意に介さぬように、朗らかに笑って立ち上がった。
「さあ、そろそろ帰りましょうか」
「は、はい」
「手を繋いで、クリフト」
「はい」
クリフトはおずおずと、アリーナの手に手を重ね合わせた。
指を交差させるようにしっかり結ばれた手から、互いの温もりが伝わって来る。
「アリーナ様」
「なあに」
「申し訳ありません」
アリーナはきょとんとしてクリフトを見上げた。
「なぜ謝るの」
「その……わたしの考え無しな振る舞いが、アリーナ様をご不快にさせてしまったのではないかと」
「確かに、やきもちは妬いたわよ。頭がおかしくなっちゃうんじゃないかと言うくらい」
アリーナはわざと怖い顔を作ってみせた。
「クリフトのやつ!いくらミネアが綺麗だからといって、よりによってキスしちゃうなんて、絶対に許せないわ!って」
「はあ」
クリフトは顔を赤くして、すまなそうにうつむいた。
「姫様の繊細なお心にも気付かず、無神経で愚かな真似を致しました」
「そんなことないわ。誰かを心から助けたいと願うお前の志を、わたしはとても誇らしく思うもの。
でも、正直あまりいい方法ではないわね。接触した部分を通して、移る病もたくさんあるわ」
「承知しています」
「クリフト、人を助けようとして生きるからには、安易に自分の命を危険に晒しては駄目よ」
繋いだアリーナの手の力が強くなった。
「わたしも小さな頃から、お父様に言われ続けて来たわ。
王族として、誰かに生きるための力を与えようとするならば、まず自らの生きる力をしっかりと研ぎ澄ませよって。
自分の命を、自分だけのものと思うな。命とは枝々に支えられて燃える篝火のように、たくさんの存在に支えられてそこにあるものだから……って」
「心に刻みます」
クリフトは神妙な顔で頷いた。
「もっと安全な良い方法がないかどうか、教会に戻ったらよく考えてみたいと思います」
「だから、わたしと結婚して王様になればいいのよ」
無邪気なアリーナの言葉に、クリフトは思わずげほげほと咳込んだ。
「そ、それは、しかし」
「わたしはお前が好きで、お前もわたしのことが好き。
そして二人共に、サントハイムの民のとこしえの平和を願っている。
だとしたらこれほどうまくいく方法は、他にはないでしょ」
「で、ですが」
「それとも、わたしをお嫁さんにするのは嫌?」
甘えたようなアリーナの声に、クリフトはくらっと目眩を感じ、その場に倒れ込みそうになるのを、足を踏ん張って必死でこらえた。
(こ……これは、夢じゃないのだろうか)
繋いでいないほうの手でそろそろと頬をつまみ、力を込めてぐっとひねってみる。
「痛い!」
「な、何?どうしたの」
「なんでもありません!」
怪訝そうなアリーナに、ごまかすように急いで笑いかけると、反対側を向いて、クリフトは深いため息をついた。
(夢じゃ、ないみたいだ)
繋いだ手と手。
時折肩先にアリーナの小さな頭が触れて、そのたびに鼓動が早くなる。
「ねえ、クリフト」
まだ幼さを残した少女の舌ったらずな声が、愛しさを込めて自分の名を呼ぶのを、まるで幻のような心地でクリフトは耳にした。
「わたしを、お前のお嫁さんにしてくれる?」
息が詰まるような切なさが突き上げて、衝動を抑え切れずに、クリフトはアリーナの体をまた抱きしめた。
「答えてよ、クリフト……」
どう言えば伝わる?
どうすれば届く?
月が太陽を追うように、木々が風に憧れるように、ずっとずっと手の届かないはずだった貴方を、こんなにも想い続けて来たということを。
「……好きです」
「わたしも、大好き」
微笑みを交わしたあと、どちらかともなく優しい囁きがこぼれる。
「……帰ろう。
みんなのところへ。
二人で帰ろう」