邂逅のとき
なめらかに述べた唇をいったん閉じて湿すと、クリフトは面映ゆげに首を傾げた。
「……どうも説教くさくていけないね、わたしは」
「うん、とってもね」
恥も外聞もなく号泣したことが、今になって急に恥ずかしくなり、あたしは鼻を啜って頷いた。
「こんなにくどくどもったいつけた話をまくし立てられたこと、父さん母さんが生きてた頃だってなかったわ」
「でも、こうして口うるさい御託を並べるのが、神官であるわたしの仕事なんだ」
「さぞかし嫌がられてるんでしょうね。あんたのあるじのお姫様には」
「そうだね。わたしがお小言を差し上げる時、たいてい姫様はここに、伝説のロンダルキアの大峡谷もかくやというような、深い皺を寄せられる」
クリフトは自分の眉間を指差して、ため息をついた。
「できればわたしも、このような堅苦しい物言いを改めたいと思っているのだけれど」
「でも、あんたはそのお姫様のことが好きなんでしょ。
そしてお姫様だって、たぶんあんたのことを憎からず思ってる。だったら別にいいじゃない。
……だって」
続けて口にした言葉が持つ意味に気付き、あたしは言った後に思わず、顔を赤らめた。
クリフトは小さく眉を上げ、黙って嬉しそうに微笑んだ。
「好きだと思う人のお説教だったら、どんなに口うるさい言葉だって、
思わず声を上げて泣いてしまうくらい、まっすぐ届いて心に沁み渡るものだから」
それからクリフトは、トルネコという商人の直伝らしい商売の秘訣を口にすると、「じゃあ、また明日」と言ってあたしたちの前を立ち去った。
それはあっけないほど単純な内容で、秘訣などと大層な事柄だとはとうてい言いがたく、あたしはすっかり肩透かしを食った気分になったが、イーサは違うようだった。
彼が置いて行ったたくさんの瓶の山と、手際よく拵えたミルフォイル入り万能薬の素。
小さな弟はその正面に膝を抱えて座り、やがて日が落ち辺りがすっかり暗くなっても、それらから少しも目を離そうとしなかった。
琥珀色の液体を凝視しながら、皮の剥けた唇が呟きを繰り返す。
「誇り。知ることで作る喜び。
生きる喜び。誰かに、分けてあげること……。
桔梗、芍薬、甘草、桂皮……」
それは乾ききった砂のような空っぽの体に落とされた、知識と言う一滴のアムリタだった。
未知の栄養を与えられた小さな新芽の中で、ふつふつと始まるめまぐるしい細胞分裂。
まだあたりに、あの神官の青年がまとう白檀の甘い香りが残っていそうな、風のない月夜のこと。
あたしはそののちずいぶん経ってから、ようやく知ることになる。
その夜こそが、植物医療学の第一人者として数々の霊薬の調合に成功し、後世に永くその名を遺した、
「東から来る癒し」名医イーサ・フォロプリストが、初めて医者を志そうと思った瞬間だったということを。