邂逅のとき


これまであたしとイーサは、学校と名のつく場所にまともに通ったことがない。

貧しい生活に追われていた両親が、仕事の合間を縫って教えてくれた文字や数字は、年相応の勉学とはおよそ程遠い稚拙なもので、

だからあたしは学ぶということ、誰かに教えを受けるということがどういうことなのかを、まだ知らない。

クリフトは広げた瓶の前に姿勢よく腰を下ろし、あたしたちにも座るように促すと、イーサとあたしの目を順番に見つめ、言葉を手渡すように話し始めた。

「じつは、わたしが昨日君に教えた二十九の言葉は、世界に分布する霊薬としての機能を果たす植物の、代表的な種類の名なんだ」

イーサはまばたきした。

「レイヤク?」

「つまり、ただ美しさを鑑賞するだけではなく、体に良いもの。

その養分が人間の生命力を高めてくれる力を持つ草花、ということだね」

クリフトはくるりと身をねじると、傍らの茂みに片手を伸ばして一本の草をちぎった。

「たとえば、これはなんという植物かわかるかな」

「ううん、知らない。道端でよく見かけるけど」

切り込みのある長い葉に細い茎、先端に小さな花が付いているそれは、野原や森、街路の石畳の隙間からもあちこち生えている、ごく普通の背の高い雑草だ。

あたしがそう言うと、クリフトは微笑んで首を振った。

「雑草なんて呼ばれる存在は、本来この世界にはないんだよ。

この世に必要のない人間がひとりとしていないようにね。

すべての植物は、神から授かった崇高な役割を果たしている。

ただ私たち人間が、時代や生活の変化と共にそれを忘れてしまっただけなんだ。

これはミルフォイル。古代語でアキレアとも言う。

一見目立たない、どこにでもある草のように見えるが、実は非常に強い生命力を持った、医学的にもとても役に立つ植物なんだよ」

クリフトは長く筋張った茎から、ていねいに指で花弁と葉をちぎった。

「匂いを嗅いで、花びらを食べてごらん。大丈夫だから」

「うん……わっ、くさい!辛い!」

イーサはしかめっつらをして鼻をつまみ、ぺっと花弁を吐き出した。

「びりびり辛くて、鼻にヨモギを突っ込んだような匂いがする!」

「味と匂いは少々刺激的だが、とても栄養価が高い。

酒をたしなむ人々には好まれ、甘い果実酒を飲みながら、この花びらのサラダを食べる習慣もあるんだ」

クリフトは笑って、「わたしは飲めないから、あまりこの味は得意ではないのだけれどね」と付け足した。

「ミルフォイルは、育つ土壌を選ばない多年性の草で、非常に強い治癒力を持っている。

たとえばたった一枚の葉を、手押し車一台分のゴミの中に投じただけで、すべてを急速に分解してしまう。

根から出る分泌液は止血作用があり、傍に生えている他の植物の病まで治すと言われている。

葉はお茶に入れて飲めば、胃の腑の消化作用を促すし、それに花を水に浸して取った抽出液は、女性用の化粧水にもなるんだ」

目に涙を浮かべているイーサに申し訳ないと思ったのか、クリフトは同じように花弁を口に入れ、ひどく複雑な顔をして飲み込んだ。

「偉大なる聖祖サントハイムは水晶の泉から生まれ、かの国の大地にあまたの宝石を蒔いた。

植物の種子という、万物の生命を支える妙なる宝石だ。

その伝説のせいもあってか、我が国の民は植物の効能に対する理解が非常に深く、もしこのようにミルフォイルが街中に無造作に生えていようものなら、皆あっという間に抜いて持って帰ってしまうだろう。

三本だけ残してね」

「どうして、三本だけ残すの?」

「あるだけ全部抜いたら、次に生えて来るぶんがなくなってしまうからだよ。

街の子供の数え唄にもあるんだ。ミルフォイルもいだら三本残せ、父と子と聖霊の三角形……」

クリフトは節をつけて歌うと、あたしの視線に気づいて顔を赤らめた。

「だがどうやら、この繁栄豊かなエンドールにその文化は存在してはいないらしい。

つまり、イーサ、フィエサ」

掌に乗せた葉と花びらを、硝子の小瓶にそっと放り込む。

「この草ひとつあれば、もう君たちはここで生きて行くことが出来る。

そこらに生えているただの野草が、知識を得た瞳を向けるだけで、とたんに魔法のエリクサーに変わる。

それが、知るということだ。

知ることで人は、作り出すことが出来る。

作り出すことがまた生きる喜びを生む。

それが人間の持つ、本当の誇りではないだろうか。わたしはそう思うよ、フィエサ」
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