邂逅のとき
「ねえ、神官さん」
血が止まったらしく、鼻にあてた布を外して、イーサがおずおずとクリフトに話しかけた。
「なんだい」
「神官さんは教会で困っている人を助けたり、神様に仕えるお仕事をする人でしょう。
どうして西の……サントハイムの人が、わざわざこんな遠くのエンドールで、お使者なんてしているの」
「それを一番不思議に思っているのは、多分わたし自身だね」
クリフトは笑った。
「様々な運命の悪戯と紆余曲折あって、今わたしは敬愛するあるじや仲間と共に、とある目的のために旅をしているんだ」
言ってからイーサを見つめ、クリフトは言いなおした。
「つまり、神様のためになんとかしてお役に立ちたいとずっと思っていたら、教会を出て世界を巡りながら取り組まなければならない、大切な仕事を与えられた。
だから今はその役目を果たすため、全力で頑張っている。そんなところかな」
「ふうん」
イーサは感心したようにため息をついた。
「街の外は恐ろしい魔物だらけなのに、旅をするなんてすごいなあ。
クリフトさんは神官さんなのに、ひょっとして戦士のように強いの」
「まさか」
クリフトは笑って首を振った。
「仲間たちには男性も多くおられるけれど、たぶんわたしがいちばん腕っぷしが弱いんじゃないかな。
剣技はもちろんのこと、ブライ様のように攻撃魔法も使えないし、トルネコさんのように敵を撹乱させる技も持たない。
わたしはただ傷を癒したり、守護の魔法を唱えたり、前線で戦う仲間達の支えに少しでもなれればと、後陣から微力を注がせてもらっているだけだよ」
「要するに、ただの金魚のふんってことでしょ」
あたしは言った。
「おねえちゃん!」
「だってそうじゃないの。勇気を持って戦う人たちの陰に隠れながら、びくびく逃げ腰で後を追ってる。
前に出ようともせずに後ろから着いて行くって、そういうことだわ」
イーサが慌ててクリフトの腕に取りついた。
「ご、ごめんなさい、クリフトさん!」
「構わないよ」
クリフトはむしろ楽しそうだった。
「実際、その通りだからね。
重き剣を振るえぬわたしごときの力では、戦いの折に先陣を切ることは決して出来ない。
あるじであるお方にも、よく言われるんだ。クリフト、お前はまるで金魚のふんみたいね。
いつもいつもわたしの後ばかりついて来て、ああだこうだと心配して……って」
「あんたにプライドってものはないの?」
あたしは呆れて言った。
「その口振りじゃ、そのあるじっていうのは女なんでしょう。
男より弱い女にそんなふうに言われて、あんた、恥ずかしいとは思わないわけ?」
「それがわたしのあるじは、世界じゅうのどんな男よりもお強いんだ」
クリフトは朗らかに言った。
「その姫様が、続けてこうおっしゃって下さる。
でもお前がそうやって後ろを守っているからこそ、わたしは前を向いて戦える。
お前が傷を癒し、守護の魔法を与えてくれるからこそ、わたしはいつも全力を出し切ることが出来るのよ……と。
だからこの命に代えても戦う皆の後ろを守り抜く、それがわたしのプライドだ」
あるじ、という呼び方が、いつの間にか姫様、に変わっている。
言葉の端から溢れだす、抑え切れない慕わしさや喜びが、あたしにすぐさま気づかせた。
こいつ、そのあるじって人のことが好きなんだ。
それもきっと、ものすごく。
「……さて、もうお昼だね」
クリフトは空を振り仰いで太陽の位置を確かめると、あたしとイーサを交互に見た。
「わたしもお腹がすいた。そろそろ昼食を取りたいと思う」
「お生憎だけど、施しは結構よ」
あたしは叫んだ。
「会ってまもない異国の聖職者様に、食事をもらういわれはないわ!」
「お、おねえちゃん」
不満げに口を尖らせるイーサに、あたしはきっぱりと言った。
「イーサ、言ったでしょう。誇りを捨ててはだめ。
飢えて、たとえ地に這いつくばったとしても、あたしたちは人間の誇りを守らなくちゃいけないのよ。
誇りを捨ててまでなにかを与えてもらおうとすれば、その先には必ず破滅が待ってる。
父さんと母さんを見て、あたしはそれを学んだもの!」
「安心していいよ」
クリフトは肩をすくめた。
「君たちの誇りを傷つけるつもりなんて、毛頭ない。
それにわたしも、自分の自由になるようなお金は持っていないからね」
「じゃあ……ぼくらの、食べ物は」
あてが外れて悄然と肩を落としたイーサの頭を、クリフトはもう一度撫でた。
なにかを探すように辺りに目をやってから、人差し指を立てて片目をつぶってみせる。
「そうだな。ではどうだろう、イーサ、フィエサ。
今からわたしと、勝負をしないか」