邂逅のとき
ひといきに話し終え、あたしはぴたりと口をつぐんだ。
その後、全てを失った父さんと母さんが自ら辿った、あまりにあっけない最期。
冷たい都会の街に、姉弟たったふたりで放り出され、雨に打たれて土の上で眠り、飢えて草を食み、それでも必死で生き延びて来た日々。
そこまでは話す気になれなかった。
弟のイーサの鼻から、絵の具のように赤い血が滑り落ちる。
クリフトと言う名の青年は、懐から綿の布を取り出すと、イーサの鼻面にそっとあてた。
ごく自然な動作だった。
憐憫の目で見下ろして来ても、同情の目で見上げて来ても、どちらにしても拳を一発叩き入れて、イーサの腕を引っ張り、さっさとこの場を去るつもりだった。
けれどクリフトの目は、そのどちらでもなかった。
彼はただ真っ直ぐにあたしを見つめているだけで、そこにはなんの思惑も浮かんでおらず、それがもう二度と他人と信じるまいとするあたしの足を、なぜかその場にとどまらせた。
「……姉弟がいるって、どんな気持ちなんだろう」
しばらくしてクリフトは、ようやく口を開いたかと思うと、ひどく的外れなことを言った。
「……は?」
「わたしは独りっ子なんだ。
早くに親を亡くして、教会に里子に出されたから、年の近い姉や弟のような存在がそばになくてね。
だから支え合う血の繋がった姉弟というものが、正直よくわからない」
「教会なら、同じ里子の子供たちがたくさん周りにいたんじゃないの」
「修道院にはね、たくさんいたよ。
だがわたしは預けられた当初から皆と別にされて、神父様方と同じ、礼拝堂のある教会の部屋に、たった独りで寝泊まりさせられていた。
今思えば、周囲の喧騒から切り離し、魔法学や神学にじっくり取り組ませてやろうと言う、陛下やブライ様の特別なお計らいだったのだろうけれど……あの頃はやはり、寂しかったな」
そこでクリフトはなにかを思い出したように、くすりと笑った。
「いや、寂しがる暇なんてなかったのかもしれない。
退屈を持て余したあのお方の襲撃が、いっときは毎日に及んだこともあったし、そう考えると言わばあのお方が、わたしの唯一の妹のようなものなのかも……。
いやでも、あのお方を妹だと思ったことなんて、ただの一度もないし」
「なにひとりでぶつぶつ言ってるのよ、気持ち悪いわね」
「あ、申し訳ありません。姫様」
それが癖なのか、クリフトは反射的にぱっと頭を下げて謝罪した。
そして相手があたしだと気がつき、困ったように顔を赤らめた。
「……参ったな。
フィエサ、君の喋り方はどことなくわたしのあるじに似ている」
「ああ、さっきあの馬鹿兵士に言ってた、なんとか殿下がどうのってやつ?」
あたしはせせら笑った。
「つまんないこと言ってるんじゃないわよ。綺麗なお城に住む生まれついてのお偉い様が、こんなふうにがさつに喋るわけないでしょ。
あいつらはふかふかの椅子にふんぞり返って、他人を顎で使うことだけに命を賭けてるんだからね」
「まあ、貴族と呼ばれる人間にそういう気質が多いのは、必ずしも否定出来ないが」
クリフトはやんわりと言った。
「だがフィエサ、わたしのあるじであるお方は違うよ。
そして、我がサントハイムの城に住まう全ての人々も。
国王陛下は常日頃から、身分の壁を越えた義を重んじることを尊び、自分以外の人間といつも義を持って正面から向かい合え、とおっしゃっている。
そして皆、それを忠実に踏襲しているから、我が国には無用な権威を振りかざす者など、ただのひとりとして存在しないんだ」
「義ってなによ」
「義は、仁義の義。
人として歩まねばならない、正しい道のことだよ」
クリフトは即座に答えると、誇らしそうに首をもたげて空を見上げた。
おそらく、遠い空の向こうに続いている祖国を思い出しているのだろう。
蒼いまなざしに懐かしげな光が滲み、唇にはかすかな笑みが浮かんでいる。
自分が生まれた国のことを、まるで恋人を想うように愛することが出来るなんて。
(嫌なやつだわ)
あたしはひとりごちた。
(なんの苦労もなく、ぬくぬくと育って来た聖職者。
やっぱりきらい、こいつ)