邂逅のとき
あたしのまだ短い、そしてたぶん短いまま終わる生涯で、少なくとも笑顔でこんなわけの解らないことを言う人間に出会ったのは、これが初めてだった。
「……おなかすいた」
大通りから漂う食べ物の匂いに鼻をひくつかせ、イーサが弱々しく言った。
「黙りなさい、イーサ!」
あたしは叫んで、振り向きざま思わずイーサをぶった。
空腹を訴える言葉に、クリフトというこの青年に対する甘えが透けて見え、激しい怒りが込みあげて続けてさらにぶとうとすると、屈み込んでいたクリフトがさっと腕を上げて、あたしの手首を掴んだ。
「なによ!離して!」
「止めなさい。鼻血が出ているだろう。
腹が減ったからそう口にしただけの者に、手をあげてどうなる」
「うるさいっ!」
あたしは涙声で叫んだ。
悔しさで息が苦しくなった。
海の底のような深い蒼色をした青年の目に見つめられていると、なぜか必死で造り上げた心の牙城が、砂のようにたやすく崩されて行くような気がしたのだ。
「さっさとどっかに行っちまえ、この偽善者!
あんたみたいな優しい仮面を被ったいかさま師が、あたしたち貧しい人間を食い物にするのよ!
そうやって最初はいい顔して、搾り取るだけ搾り取ったら、あとはぼろ切れみたいに捨ててしまうくせに!
父さんや母さんのことも、あんたたちはそうやって殺したんだわ!」
クリフトという青年の表情が厳しくなった。
「君たちのご両親は、おふたりとも身罷られているのか」
「この国に殺されたのよ。
誰もかれも金に目がくらんで、芯から腐りきったこの国にね!」
あたしはまるで両親を殺した張本人であるかのように、憎しみを込めてクリフトを睨んだ。
「たとえ異国人でも王の使者をするくらいなら、あんただってこの国について、少しは知ってるんでしょう。
全ての元凶は、五年前に行われた地下カジノの大建設事業よ!
世界中でもこのエンドールにしかない、巨大娯楽施設を作るにあたって、城は国じゅうにお触れを出したわ。
賭博機械を区画ごとに、個人で買って投資しないかってね。
税金の掛からない賭博での莫大な儲けを、地代をさし引いた全額、持ち主の権益とするからと誘われて、底無し沼のような貧乏暮らしにほとほと疲れきっていた父さんと母さんは、甘い話にまんまと乗せられた。
一攫千金を夢見たふたりは、その日のうちに家中のお金をつぎ込んで、機械を買ったわ。
なんと、スロットマシンを二十台よ。馬鹿としか言いようがないわよね。
ありったけのお金をかき集めても足りなかったから、わざわざ手形まで作ったの。
家も井戸も、飼ってた馬も鶏も……あたしたちの服から戸棚の皿一枚まで、なにもかもを担保にして」
クリフトは黙っていた。
心に溜め込んだ澱を吐き出すのがいっそ快くて、あたしは笑った。
「ここからは聞かなくたって、大体想像でわかるでしょ?
今時大衆劇でもないような、ものの見事な転落の一幕よ。
国は単にお金が足りないだけだった。
いかに潤沢なエンドールの国庫とはいえ、カジノと闘技場の同時建設に著しく疲弊し、窮した財政を立て直すため、
やつらは絵に描いた餅をちらつかせて、足りない資金をなにも知らない国民からこつこつ搾取することにしたのよ。
哀れで愚かな父さんと母さんの懐には、一ゴールドだって入らなかったわ。
知ってる?賭博用の機械って、ぜんぶ遠隔操作されてるの。
スロットマシンもブラックジャックも、じつは国がひそかに保有する母体機器が、勝ち負けから当たり目の数、機械ごとの勝率までをすべて管理している。
金をむしり取るのなんて簡単だわ。十万ゴールド儲った次の日に、十二万ゴールドの損失を出す。
翌日、十三万ゴールドで回復したと見せかけて、更に翌日十五万ゴールドの損を出させる。
まるで上手に作ったミルフィーユのように、少しずつ負債は積み重なって行く。
あんまりうまく出来てて、世間知らずの愚鈍な夫婦は、崖っぷちに追い詰められるまでなんにも気づかない」