邂逅のとき


「卑しい乞食!城門の前で騒ぎ立てるな!」

その時、仰々しい王国の紋を打った鎧をまとい、槍を佩いた警護兵が大股で近づいて来た。

「また貴様ら姉弟か」

兵士は呆れたように嘆息した。

「いったいなんのつもりで毎日、わざわざ城門の前で寝たり騒いだりする?

乞食は乞食らしく、路地裏のゴミ置き場にハエと共に埋もれておればよい。

世界一の大国にして、この世にただひとつの闘技場を有する偉大なる宮殿、威容誇れしエンドール城の門前にて汚れた姿をさらす罪、いつ首を刎ねられても文句は言えんぞ!」

「やってみたらいいじゃない」

あたしは涙を拭いて叫び返した。

「どうせこんななんの値打ちもない首、刎ねたところで槍の油差しにもなりゃしないわよ。

もう何日もまともに食べてなくて、年老いた鶏よりやせ細ってしなびてるわ。

殺したければ殺しなさい。あんたたちお城の人間がそうやって弱者に威張り散らし、虫けらのように踏みにじるところをみんなに見せてやりたくて、あたしたち姉弟はわざとここにいるのよ!

さあ、殺せばいいわ。殺せ!そしてそれを伝えなさいよ!

はりぼての黄金の城に住む、いんちきな冠を被った人殺しの王様にね!」

「き、貴様ぁっ!」

怒りの形相を浮かべた兵士が、手にした槍を高く振り上げ、こちらに向けて突き下ろした。

あたしは弟をぎゅっと抱き締めて、堅く目を閉じた。

(いいわ!ここで死んでやる)

(飢えて凍えて、ミミズのようにひからびて、身元不明の死体になって泡ぶくの下水に浮かぶくらいなら)


だが次の瞬間。


閉じた瞼の上に、さっと黒い影が覆いかぶさった。

痩せた両肩を強く引き寄せられ、あっと叫びをあげるまもなく、守るように誰かの懐に抱かれる。

鼻に飛び込む白檀の芳香。

教会の聖堂からよく漂って来る、香木や蝋燭の匂いと同じだ。

「金門前にて身分をわきまえぬ雑言、罪は深いと重々承知しておりますが、この通りまだ年端も行かぬ無知な子供たちの所業です。

ここはわたしに任せて、どうか今回限りはお許し頂けないでしょうか」

「なんだ、貴様は……!」

声の主の素性に気づいたのか、兵士の声が少し高くなった。

「あ、貴方は確か、先刻ボンモール王よりの書簡を陛下に届けられた、お使者のひとり」

「西の王国サントハイムの第一王位継承権者、アリーナ殿下に仕えし神官、クリフトと申します」


………神官?


あたしは恐る恐る目を開けて、すぐ真上から降りてくる声のありかを探った。

視線に気づいたのか、声の主は顔を動かさずに瞳だけでこちらを見ると、蒼色のまなざしに安心させるような光を滲ませて、にこりと微笑んだ。

そして小声で言った。

「痛がるふりをしなさい。出来るかい」

「……わかった」

こんな時に戸惑って聞き返すのがどんなに気が利かない愚かなことか、幼い子供といえども、これまでの悲惨な暮らしのなかでいやというほど学んでいる。

あたしは即座に頷いて、わああっと体をよじらせて叫んだ。

「痛い!痛いよう!死んじゃうよぉ!」

「これは」

そのあとに続いた蒼い目の青年の驚いた声も、迫真と言っていいほどの演技力に満ちていた。

「どうやら貴方が振り抜いた槍の先が、この少女の額を割ってしまったようですね。

すぐに治療をしないと、頭の傷は命に関わる。

幸いわたしは白魔法を会得し、医術の心得もありますゆえ、ただちに彼女を治療することが出来ます。

失礼ながら今はこの場を退散させて頂き、怪我人に迅速な処置を施させて頂いてもよろしいでしょうか」

穏やかだったが有無を言わせぬ口振りに、兵士はすっかりたじろいだ様子だった。

「そ、それは……、こちらも少々やり過ぎてしまったかもしれぬが、だが他国の民である貴方が我が国に従順ならざる輩をむやみに庇いだてすると、

今は関係良好なお国と、このエンドールの両方にその噂は伝え及び、水魚のごとき滑らかな友好にまで、のちのち良くない影響を及ぼしかねませぬぞ。

そのあたり、十分に気をつけられて行動することですな」

「ご心配には及びません」

青年は地に膝をつき、あたしを懐に抱いたまま毅然と言った。

萌黄色の法衣に背にからった杖、十字架の刺繍入りの長い聖帽。

異国の聖職者らしい、不思議な格好をしている。

「我がサントハイムのアル・アリアス国王陛下は、小事に拘泥する狭量な御仁ではございませぬゆえ、一介の臣であるわたしの一挙手一投足になど、はなから皆目興味はありませんでしょう。

………それに」

あたしを抱きしめる腕の力が、わずかに強くなった。


「この子は、従順でないのではありません。


だれのものでもない太陽の下、ひとりの人間として胸を張って生きたいのだと、訴えているだけです」
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