邂逅のとき
いつからだろう、希望って言葉が憎くて仕方なくなったのは。
目が覚めて、踏みしだかれて四方を向いた草が体のあちこちを刺す不快な感触に、まだ生きてるんだっていう安心と、それと同じだけまだ死んでなかったんだっていう絶望が込み上げる。
でもそんなこと考えたって時間の無駄、頭を使えば余計におなかが減るだけだから、あたしはいつも舌打ちひとつ、下らない考えをあくびと一緒に体の底まで押し込める。
いっそ死んだほうが楽なんだ。
こんなふうに飢えて、寒くて、苦しくて、まるで崖の上を綱渡りするみたいに乱暴な風に煽られながらあてどもなくさまよい、その日一日の糧を必死で探して、野良犬みたいに澱んだ目で毎日を生き延びるだけなら。
~邂逅(かいこう)のとき~
「おねえちゃん、おなかすいたよ」
隣りで膝を抱いて眠っていた弟が、背中をつついて来た。
「……うるさい」
「ねえ、もう三日もまともに食べてない。このままじゃ死んじゃうよ、ぼくたち」
「黙ってなよ!」
あたしは振り向かずに怒鳴った。
「そんなに腹が減ったなら、また宿屋か酒場のごみ箱でも漁って来ればいいじゃない。
昨日の客の景気がよけりゃ、野菜の切れはしか身のついた魚の骨くらい、残ってるわよ」
「おねえちゃんは」
「あたしはもう行かない、二度とね」
あたしはぎりっと歯がみした。
薄汚れたごみ箱に顔を突っ込んで、必死で中を掻き分けるこちらに向けて投げられた、嘲笑、侮蔑、罵倒の嵐。
すべてが他人事の甲高い笑い声と、紅を塗りたくった唇から放たれる、いかにもくだらない虫けらを目にしてしまったという後悔の吐息。
非難がましく睨まれても怒りがこみ上げ、ちらりと興味なげに一瞥されても、胃袋が煮えくり返るほどむかむかする。
そう、なんにしたって許せないんだ。
だっていちばん許せないのは、そんなふうに嘲られることをやっている、自分自身なんだから。
「あんな恥ずかしくて悔しい思い、もう絶対にしたくない。
どんなにお腹がすいたって、喉が渇いたって、あたしにはそれ以上に耐えられないことがあるの。
食べられなくても、痩せこけて骨と皮だけになっても、絶対になくしたくないものがあるの。
それは父さん母さんにもらった体に流れる血の川。
その川で力一杯泳ぐ、誇りって名前の魚よ。
ここはエンドール、お城も土も水も木もなにもかもお金で出来た、お金という免罪符を持つ者だけが幸せに暮らせる腐った黄金郷、世界一のいかさまエル・ド・ラド。
こんな腐った国が生み出した腐った渦に、あたしは飲まれてたまるもんか。
そうなるくらいなら死んでやる。あたしはさっさと、死んでやるわ!」
「おねえちゃん」
まだ小さな弟が、ひきつけたように情けない泣き声をあげた。
「ぼくは死にたくなんかない。ごはんが食べたいよ。
生きて、生きて……大きくなって、えらい大人になって、おねえちゃんとふたりであったかいごはんをおなかいっぱい食べたいよ!」
ふいに鼻の奥がつんと熱くなって、視界がぐにゃりと歪む。
あたしは上を向いて必死で唇を噛みしめた。
(ちきしょう)
どうして多くを望まず、ただ与えられた命を生き抜きたいと願うだけの者に、神様は金や銀で出来た靴を履いて歩く、びろうどの絨毯敷きの階段じゃなく、
誰でも裸足で歩くことが出来る、柔らかな土で出来た小道もあるってことさえ、示してくれないんだろう?