彷徨
小さな頃から狭い村に閉じ込められて、自分はどこへも行けないと思っていたけれど、幸福な想像の翼がある限り本当はどこへだって行けた。
緑あふれる故郷は既に喪われ、笑顔で前を塞ぐ門番もいなくなり、今の自分は世界中のどこへだって行けるはずなのに、
どこにも行けない。
~彷徨~
足を踏み出すと、溶けた靴に浸透した毒の沼地の酸が指先を焼いたが、痛みすら感じなかった。
緑の目をした少年は歩いていた。
歩くたび、泡立つような闇が彼の体を飲み込み、どろりとした粘液になって喉になだれ込む。
その場にうずくまって全部吐きたいけれど、吐くと生きていることを実感するから、吐けない。
少年は機械仕掛けの人形のようにただ歩き続け、時折立ち止まって辺りを見渡し、また歩き続けた。
森は若葉の切れ間から黄金色の陽光をこぼし、屹立した山脈は空を切り取り、野草を敷いた大地はどこまでも続く。
初めて目にする外の世界はこんなに広く、豊かで穏やかだ。
まるでなにひとつ失っていないかのように美しく、自分はその完璧な出来の絵画にぺたりと張り付いた、ちっぽけで行き場のない一匹の蠅なのだ。
ふらふらと歩く緑の目の少年の視界が暗くなると、目の前茂みが突然音を立てて左右に割れた。
邪悪な咆哮が轟き、硫黄くさい息がまき散らされ、毛だらけの異形が爪をもたげて立ちふさがる。
魔物だ。
美味な人の血に飢え、たぎるような殺意に満ちた赤い目と瞳を合わせたとたん、少年の鼓膜に故郷で聞いたあの声が鮮明によみがえった。
(ユウシャハ ドコダ)
(ユウシャヲ コロセ)
(メザワリナ ユウシャヲ コロシテシマエ)
不意に呼吸が速くなり、背中に激しい痺れが突き上げて、瞼の奥が真っ白に染まる。
緑の目をした少年は後ずさろうとして足を止め、眼を見開いてわけの解らないわめき声を上げた。
狂おしく叫びながら、恐ろしい速さで腰の鞘から剣を抜き、魔物へ刃を向けて獣のようにその場を跳躍した。