星の奇跡


気づくと、辺りは一面火の海だった。

豊かに美しい新緑の樹々も、色鮮やかに綾なす花畑も、全て紅蓮の炎に飲み込まれている。

「母さん!」

わたしは叫んだ。


「母さん!母さん!」


緑の目をした男の子の家は、既に取り返しのつかないほど激しく燃え盛っていた。

扉を剣で突き倒して中に駆け入ると、柱が崩れて爆ぜ、すさまじい音と火花が飛び散る。

炎の塊から身をかわして台所に飛び込み、わたしは息を飲んだ。

押し寄せる熱風の中、男の子の母親が床にうつぶせて倒れている。

(母さん……!!)

ひと目見ただけで、母さんが何を守ろうとしたのかわかった。

まだ火に蹂躙されていないテーブルの上に並べられているのは、

真ん中に、鮮やかな夏の花の盛られたクリスタルの瓶。

クリームで飾られた甘いケーキ。焼き菓子。
焼きたての香ばしい肉、舌触りなめらかな果物。

男の子の大好きな、バターとミルクたっぷりのシチュー。


それは誕生日に皆で囲むはずだった、温もりの詰まった食卓だった。


母さんが最後まで大切にした、幸福の砦だった。


その時、麻のテーブルクロスの端に火が乗り移った。

燃え口がちろちろと、邪悪なくちなわの舌のように広がり、炎が飢えた獣のように全てを飲み込んで行く。

(みんな燃えてしまう!)

わたしは悲しみで息が詰まりそうになった。


(大切なものが、みんな)


(なぜ?どうして?)


(どうしてあの子の大切なものをみんな、連れて行ってしまうの?)


「母さん」

わたしはぺたりと床に座り込むと、男の子の母親の身体を抱え寄せた。


「母さん。

………ねえ、母さん」



けれど母さんは、もう返事をしなかった。

煤で黒ずんだ顔は、奇妙な安堵に満ちて微笑み、わたしの腕の中でもう動かなかった。

「こんなところで寝ちゃ駄目だよ」

わたしは泣きながら笑った。

母さんが愛し抜いた、かけがえのないいとおしい息子の声で囁いた。


「重いって、母さん。



昔は痩せてて美人だったなんて、絶対嘘だ」







母さん。


母さん。


……ねえ


母さん


わたし、シンシアだよ


一緒に行こう


父さんも一緒に


あの子はだいじょうぶだから


なにも心配しないで


だいじょうぶじゃないのは


ほんとうはわたし


ねえ、母さん


誰も聞いていないから、正直に言うね


本当は怖いよ


死にたくないよ


あの子とずっと、ここで一緒にいたいよ


大好きなんだもの


あの子のことが


この村のことが


ひとりぼっちになったエルフのわたしを救ってくれて


人間は素晴らしい生き物なんだって教えてくれた


あの子と父さんと母さんと、いつまでもずっといっしょにいたい


でも太陽が必ず沈んで明日が来るように


新しい日を迎えるために変えなくちゃいけない運命があるから


わたしはわたしの役目を果たす


星の船に乗って、あの空の彼方で再びみんなにめぐり逢うために


でもね、母さん


もし生まれ変わって、すべてをやりなおすことが出来たとしても


わたしは必ずもう一度この生を選ぶよ


父さんと母さんと、あの子に出会うために


わたしは何回でもここでこうして


緑色の目をした、さびしがりやの星の奇跡を守る番人になる


だからどうか母さん


またわたしを迎え入れて


あの子といっしょにいさせて


お願い、母さん



どうか



どうか






どうか


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