星の奇跡
それから促したのは、どちらが先だったのだろう。
たぶんきっと、わたしだった。
自分が求めているものの意味すらわからず、でも確かにそこにある引力のような想いの、哀しいほどあやふやな輪郭を捕まえるのは、今この時しかなかったから。
男の子の体が覆いかぶさる。
指と指が組み合わされる。
宵闇の中、わたしたちは折り重なるようにして花に埋もれた。
倒れた身体が茎を折り、みずみずしさをたたえた繊維がぱきんと音を立てる。
髪を撫でる広い手。
顎の先をかすめるなめらかな唇。
「……ふ……っ」
熱さが肌に染みたとたん、心臓に痺れるような甘い痛みが走って、おもわずわたしは呻いた。
男の子ははっとして唇を離すと、わたしを見下ろした。
これまで見たこともないような、不安げな表情を浮かべている。
「重いか……?シンシア」
「ううん、大丈夫だよ」
わたしは手を伸ばして、すぐ真上にある男の子の頬に触れた。
この世の誰にも似ていない、美しすぎる顔立ち。
陶器のような肌は火傷しそうに熱くて、怯えた子犬のように小刻みに震えている。
「どうしたの。怖いの?」
男の子は赤くなった。
「……怖くはない。と、思う。
ただ、どうすればいいのか……よくわからないんだ」
わたしは微笑んだ。
「わたしも」
「お前が」
男の子はかすれた声で言った。
「お前が、平気だといい」
「わたしは平気だよ。あなたは重くないし、こうしているとすごくあったかいもの」
わたしは男の子の背中に腕を回した。
「ねえ、あなたは言ったよね。目に見えないものが同じ所にあるかどうかなんて、誰にもわからないって。
でも、こうしているとちゃんとわかる。
あなたもわたしも神様じゃないけれど、こうしていれば、答えなんてひとつしかないことがすぐにわかるの。
出会った時から、あなたの存在はわたしの存在そのものだった。
あなたはわたしで、わたしはあなただった。
だから忘れないで。これからどんな苦しみがあなたを飲み込もうとも、どんな寂しさがあなたを連れ去ろうとも、
その時はふたりで分かち合ったこのぬくもりを、何度でも思い出して。
わたしはずっとずっと、あなたの中にいるよ」
「なんだ、それ」
男の子はようやく緊張を解いたように、白い歯を見せて笑った。
「まるで別れの言葉みたいだ。
たった今、ずっといっしょだって約束したばかりなのに」
「そうだね、変なの」
わたしもつられて笑った。
「でも、今この時にぜんぶ言っておきなさいって、言われたような気がしたの」
「誰に?」
「お星様に」
「星は今夜は出てないだろ」
男の子は首を振って、そっとわたしの頭を抱え寄せた。
「星の言葉なんか聞きたくない」
唇が耳に押しあてられる。
「俺は、お前の言葉が聞きたい」
熱い息がふたり同じ速さでこぼれる。
「シンシア、お前の存在だけが俺を俺でいさせてくれる。
だからもしお前を見失っても、俺は俺自身であるために、
この身体の持てる全部を使って、必ずお前を探す」
そして触れた。
男の子はわたしの全てに触れた。
最初にあったためらいも畏れも、互いの体温が混じり合う頃には溶けて消えて、
わたしは男の子のひたいを伝う汗をすくって、唇が肌を滑る感触に息を弾ませながら、何度も何度も名前を呼んだ。
男の子の名前を呼んだ。
名前を呼ぶそのたびに、体じゅうの血が満ち引きした。
「好きだ。……シンシア」
男の子の唇が、左肩の傷に重なる。
優しいキスはまるで夜空にかけた願いのように、かすかな囁きをひとひら落とした。
「もう二度と、お前に痛いことがないように。
俺がずっとお前を、守ってやれるように」
願いは叶うだろうか?
でも見上げた空には星も月もなかった。
暗闇の中、わたしたちが確かめることが出来るのは重ねた肌から伝わるぬくもりだけで、あふれる願いも祈りも交わした約束も、光をなくした空には決して届きはしなかった。
すべてを分かち合ったわたしたちは、やがてそのまま花の群れの中で眠った。
それがふたりで見た最後の夜空だったなんて、知ることすらなく。