星の奇跡



月のない闇夜に放たれる、まばゆい癒しの光。


どれほど自分を卑下しても、緑の目の男の子の持つ魔力はやはり、常人にはない強さを秘めているんだろう。

ホイミが浸透すると、あれほど身体を刺し貫いていた痛みは嘘のように消え、きんと言う耳鳴りも潮が引くように失せていった。

代わりに静まり返っていた心臓が、さっきまでとは違うリズムで鳴り打ち始める。

「ガ、ガラハドさん、どうして喋っちゃったのかな。絶対に内緒だって約束したのに」

わたしはうわずった声で言った。

なにか喋っていないと、身体の中でたてている音ぜんぶが、男の子に聞こえてしまうような気がした。

「最初は黙っているつもりらしかった。

けど、お前の顔が真っ青だったから、これは放っておくとまずいと思ったらしい」

「そっか。心配かけちゃったんだね。ガラハドさんにも、あなたにも」

「……俺は」

男の子は一瞬迷うように言葉を途切れさせた。

「もうずっと、お前のことが心配だった」

「え?」

「どうしてこのところ、様子が変だったんだ?

俺……お前に、なにかしたか」

「な、なにかって?」

「お前、俺と話すのがすごく嫌そうだったろ」

ひたいにあてられた男の子の頬が、更に熱くなった。

「目が合ってもすぐそらすし、わけわかんねえことを言うし……それにここのところ、いつも怒った顔をしてた」

「そっ、それはわたしじゃなくてあなたでしょ!」

わたしは思わず顔を上げて男の子を見た。

「どうしてあなたが、わたしにそんなこと言うの?

あなたこそ会ってもむっつりして、ろくに話しかけてもくれないし、いつも稽古ばかりで、最近はごはんだって一緒に食べてくれなかったじゃない!

そ、それならさっき、どうして一緒に食べようって言ってくれなかったの。

ごはん、減っちゃったけど一緒に食べようって、どうして言ってくれなかったのよ!」

「お前」

男の子はあっけに取られた顔をした。

「今日は飯を食いに来たんじゃないって、自分で言ったじゃないか」

「食べても食べなくても、そんなことどっちだっていいの!」

わたしは叫んだ。

熱い痛みも速すぎる心臓の鼓動も、いつの間にか遠くに去っていた。

「大切なのは、ほんとにそうするかどうかってことじゃないんだよ。

そうしたいって思った気持ちを、形にして相手に伝えることなんだよ。

言ってくれなきゃわかんないよ。思ってること、ちゃんと言葉にしなきゃわかんないよ……!」

「め、飯を一緒に食べたいって言えばよかったのか?」

こちらを見下ろす緑の目の男の子のなめらかな頬に、かあっと赤い色が昇った。

「……食べたいよ。俺はお前と一緒に飯が食べたい。

けど俺、稽古が長引く時もあるし、そのたびにお前に待っててくれなんて言えないだろ」

「でも、さっきだったら食べられたでしょ。

ちゃんと言ってくれたら、ハムもシチューもパンも、堅かったポテトのパイだってぜんぶ一緒に食べられたわ。

ふたりで、これおいしくないねって笑い合えたわ。

だけどあなたが言ったのは、「それじゃあな」だけ。

あなたがわたしにくれる言葉はいつも、じゃあな、じゃあな、そればっかり!」

「わ……、悪い……」

思いも寄らない攻撃を受けて、男の子はますます顔を真っ赤にした。

動揺のあまり、わたしを抱き寄せる腕に力がこもる。

まるで幼かった頃、抱き合って眠った夜のように、ふたりは寄り添って息がかかるほど顔を近づけながら、不器用でまっすぐな言葉を、手探りで拾い上げては投げ合った。

「じゃあ今ここで、約束してくれる?」

わたしは尋ねた。

「今度からあなたが、一緒にごはん食べようってわたしを誘ってくれる?」

「ああ」

男の子はぎこちなく頷いて、小さな声で付け足した。

「……なるべく」

「なによ、なるべくって!」

「お、怒んなよ」

すっかり気圧された男の子が、渋々続けた。

「飯は一緒に食いたいけど……腹が減ってるお前を、俺の都合で待たせるのは嫌だし、

それに、いるだろ」

「いる?」

わたしは首を傾げた。

「誰が?」

「……母さんが」

「うん、いるよ。いつもわたしたちにおいしいごはんを作ってくれるじゃない」

「それが駄目なんだ」

男の子は赤い顔をそむけて、ぼそぼそと呟いた。

「うまく言えねえけど、母さんの前でお前と一緒にいると、なんでだか背中がむずむずするようになった。

いつからこうなっちまったのか、よくわからない。

でも、なにもかもわかってるっていうあの目で見られたら、どうにも普通に振る舞えなくて、

もしかしたら全部ばれてるんじゃないかって、そう思ったら、お前ともうまく喋れなくなって……」

「ばれてるって、なにが?」

「そ、それはだから、俺がお前のことを……」

緑の目の男の子は、耳まで赤くなって口をつぐんだ。

片手で自分の顔を押さえると、深い深いため息をつく。

「……なに言ってるんだ。今はこんなことを話しに来たんじゃない。

俺はお前が、怪我してめちゃくちゃ痛がってるっていうからあわてて……」

「怪我は、もう痛くないよ。あなたが治してくれたから」

わたしは男の子の頬にそっと手を伸ばした。

男の子はぎくりと顔をこわばらせたが、されるがまま動かなかった。

熱い頬に指先が触れただけで、痛いほど胸がうずく。

ああ、またあの気持ちだ。


(さわりたい)


(触れたい)


「怪我は痛くないけど」

わたしはもう片方の自分の掌を、そっと左胸の上に乗せた。

「ここが痛い」

「……シンシア」

「ねえ、どうしてなんだろう。

あなたを見てるとわたし、いつもここが痛くてたまらなくなるの。

わたし、あなたが好き。すごく好き。ずうっとこのままでいたいよ。

大人になっても、たくさん年を取っても、このままずっと一緒に」

「でも俺は」

男の子の整った柳眉が、苦しげに歪んだ。

「俺はこのままじゃいられない。いたくないんだ」

頬にあてたわたしの手に、広い掌が重なる。

汗の滲んだ掌は剣の握りぐせのせいで、人差し指だけが擦り切れて堅い。

「俺も好きだ」

男の子の声が震えた。

「お前が好きだ。子供の頃からずっと好きだった。

でも俺は……お前を見てると、好きだけどいつも辛い。

こうしてそばにいたら、俺はお前のことを」

男の子は口にしかけて、怯えたように首を振った。

「お前のことを、なあに?」

「……」

けれど、言葉の続きは降りてこなかった。

緑色の目の男の子は、どこかが痛くてならないような表情で、わたしを見つめていた。

やがておずおずと顔をかがめると、熱い息が衣のように覆いかぶさる。

「……」

(え?)

なにかを囁いたのか、かすかな音がこぼれた気がしてわたしは耳をそばだてた。

でも何も聞こえなかった。

そのかわり、いつもそっけなく引き結ばれている唇が、自分のしようとしていることを恐れるようにわななきながら降りて来て、


わたしの唇にそっと重ねられた。
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